いきぬきのひ
搭乗口に連なる列へと向かうと、先客に先ほどの大学生グループがいた。サークルなのかゼミなのか。こんな時間に、こんな大勢。きっとサボりか休講あたりだろうか。その中には、明らかにカップルと思しき姿もちょろちょろと見え隠れしている。
羨ましいねぇ、と背後から呟きが漏れた。
「……今だけですよ、こんなの」
つられるように、無意識に言葉が口を突いて出た。
モラトリアムを謳歌する彼らだって、何年か後にはどういう形かは解らないけど、否が応にも世の中に組み込まれてしまう。
そして、もしかすると。
夫のように、全てを奪い取られて絶望するのか、あるいは。
私のように、パートナーに逃げられる人も、いるのかもしれない。
その時。前方の学生と目があった。そして、傍らの彼氏に何やら耳打ちをしている。今度は彼氏が、ちらりとこっちを見た。二人とも意味深な顔つきでこちらをのぞき見ている。
「……さて、どういう風にしましょうかね」
背後からする言葉に、思わずため息がでた。
「そこまでサービスする必要も、ないんじゃないですか?」
学生達は尚も、こちらをチラ見している。余り感心を寄せていない風を装いながらも、目だけは爛々と私たちをロックオンしたままだ。
「いやいや。期待させといて、何もしないっていうのは、俺のプライドが許さない」
「そういうプライドは、もっと別のところで発揮して下さい」
ちぇー、つまんないなぁ、とぶうたれる彼を無視して、周囲を伺えば。気のせいだろうか、学生達の歩みが鈍い。そのうち前方の学生達の間に、奇妙な空気が流れ出した。
先ほどのカップルから声が聞こえる。
……夫婦、じゃないよねぇ?
……不倫、じゃね?
彼らとの間隔が、徐々に狭まってくる。
ふと、学生の一人と視線があった。あからさまに固まっているのが、微笑ましい。
「大人の女性って、感じで微笑んであげたら? きっと喜ぶよん」
また、そう言ういい加減なことを言う。凄く楽しそうな声が、なんとも憎らしい。
もう、どうにでもなれ。開き直ってニッコリと微笑みかけると、彼は可哀想なほど動揺している。それにつられるように、周りの子達もあわあわしだした。
その時。彼らを救うように、入場ゲートがガシャンと派手に音をたてた。
学生達が、再び空へと放り出されていくのを見送りながら、彼が一言つぶやいた。
「案外、素直だよね。最近の子ってさ」
全くの他人事風なその様子が、なんだか妙にムカつくから。
「もう、こういうの、やめま、しょうねぇ」
胸の内の怒りを抑えつけながら、静かに言い放つと。
「うっ、あ、は、はい、すみ、ません、でしたぁ」
彼の取り澄ましたような高級牛革の靴を、私の履き崩れた安物サンダルで思いっ切り、踏みつけてやった。
羨ましいねぇ、と背後から呟きが漏れた。
「……今だけですよ、こんなの」
つられるように、無意識に言葉が口を突いて出た。
モラトリアムを謳歌する彼らだって、何年か後にはどういう形かは解らないけど、否が応にも世の中に組み込まれてしまう。
そして、もしかすると。
夫のように、全てを奪い取られて絶望するのか、あるいは。
私のように、パートナーに逃げられる人も、いるのかもしれない。
その時。前方の学生と目があった。そして、傍らの彼氏に何やら耳打ちをしている。今度は彼氏が、ちらりとこっちを見た。二人とも意味深な顔つきでこちらをのぞき見ている。
「……さて、どういう風にしましょうかね」
背後からする言葉に、思わずため息がでた。
「そこまでサービスする必要も、ないんじゃないですか?」
学生達は尚も、こちらをチラ見している。余り感心を寄せていない風を装いながらも、目だけは爛々と私たちをロックオンしたままだ。
「いやいや。期待させといて、何もしないっていうのは、俺のプライドが許さない」
「そういうプライドは、もっと別のところで発揮して下さい」
ちぇー、つまんないなぁ、とぶうたれる彼を無視して、周囲を伺えば。気のせいだろうか、学生達の歩みが鈍い。そのうち前方の学生達の間に、奇妙な空気が流れ出した。
先ほどのカップルから声が聞こえる。
……夫婦、じゃないよねぇ?
……不倫、じゃね?
彼らとの間隔が、徐々に狭まってくる。
ふと、学生の一人と視線があった。あからさまに固まっているのが、微笑ましい。
「大人の女性って、感じで微笑んであげたら? きっと喜ぶよん」
また、そう言ういい加減なことを言う。凄く楽しそうな声が、なんとも憎らしい。
もう、どうにでもなれ。開き直ってニッコリと微笑みかけると、彼は可哀想なほど動揺している。それにつられるように、周りの子達もあわあわしだした。
その時。彼らを救うように、入場ゲートがガシャンと派手に音をたてた。
学生達が、再び空へと放り出されていくのを見送りながら、彼が一言つぶやいた。
「案外、素直だよね。最近の子ってさ」
全くの他人事風なその様子が、なんだか妙にムカつくから。
「もう、こういうの、やめま、しょうねぇ」
胸の内の怒りを抑えつけながら、静かに言い放つと。
「うっ、あ、は、はい、すみ、ません、でしたぁ」
彼の取り澄ましたような高級牛革の靴を、私の履き崩れた安物サンダルで思いっ切り、踏みつけてやった。