桜舞う夜 


レジを打つ彼の指は、とても長くて綺麗。

ピアノでもしている?

そんな風に思わせる、繊細な指をしている。
お金を払う時に、自分の手を見せるのが少し恥ずかしくなるくらい。


会話は、いつもほんの少し。

今日もいいお天気ですね。
雨、降ってきちゃいましたね。
毎日暑いですね。
寒いので風邪に気をつけてくださいね。

そんな風に、お天気の話をレジ越しにしてくれるだけ。

そんな彼の言葉に私は

そうですね。
雨、はやく止むといいですね。
本当に暑いですね。
ありがとうございます。

そう、短く応えるだけ。

朝のカフェには次々にお客さんがくるから、レジ前でおしゃべりなんて、できるはずもない。


もっと話したいな。
どんな事に興味があるのかな?
音楽は、何を聴くのかな?
映画、好きかな?
お休みの日は、何をしてるのかな?
アウトドア派?
インドア派?
年は、いくつなんだろう?
同じくらいかな?
それとも、少し上?

彼女は……、いるのかな……。

訊きたくて訊けないことがもどかしい毎日だけれど。
それでも、やっぱり私は彼に癒されていた。



奥のカウンターで熱々のコーヒーを受け取り、今日も彼のありがとうございました。に送られて店を出る。

コーヒーを片手に、会社へ向かう途中にある、少し大き目の公園に足を踏み入れる。
この中を通り抜けると、会社までは近道だからだ。

公園の中に植えられている、いくつかの桜の木が朝陽に眩しい。
目を細めると、蕾が大きくなっているのに気がつく。

明日も暖かくなるらしいから、いっきに咲くかもしれないな。

今にも咲きだしそうな蕾たちに、自然と笑みが浮かんだ。




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