桜舞う夜
「お待ちのお客さま」
呼ばれてコーヒーカウンターへ向かうと、置かれたカップがいつもよりとても賑やかだった。
カップには、バリスタのためにコーヒーネームや、人によってはプラスされるカスタマイズがマジックで走り書きされている。
けれど、今日はそれ以外のメッセージがカップに書かれていたんだ。
何が書かれているのかと手を伸ばして確認してみようとしたら、レジで言い忘れたはずなのに、いつものようにカップは熱々だった。
驚いて、バリスタの人の顔をみたら、そこにいたのは彼だった。
それにまた驚いた。
「おはようございます。熱いですから、気をつけてくださいね」
カップを手渡す彼が、一言添える。
驚きすぎた私は、頷きながらも思わず彼に話しかけてしまった。
「今日は、レジじゃないんですね」
「はい」
彼が満面の笑みで頷いた。
瞬間、昨日蕾だった公園の桜がいっきに満開になるように気持ちが上がる。
そんな私の思考を読み取ったみたいに、彼が言った。
「公園の桜。綺麗に咲いてるみたいですよ」
レジ前では出来なかった、いつもより少しだけ長い会話。
「夜桜が綺麗らしいです」
そう教えてくれた彼にありがとう、と笑みを残し、私はカフェを出る。
レジ前で落ち込んだのが嘘みたいに、頬が緩んで仕方ないくらい嬉しい。
夜桜か。
弾む足取りで公園を抜けながら、誇らしげに咲いている桜を見上げた。