サニーサイドアップ
15.
 学祭に集まる人たちで、駅も大学までの道もいつもよりも込んでいた。外部の人間として参加するのは初めてで、そうか、大学のキャンパスの外はこんな風に賑やかだったのか、と思った。足が綺麗に見えるからいいと思ったパンプスは右足の薬指があたる。我慢できないほどではないけれど帰りはつらいだろうなと思う。「今から家を出る」「今から電車乗る。OO駅につくのは大体2時半位だと思う。」「OO駅についた」「今歩いてる。」どのメールにも航は何を考えているのか、「おす。」「おす。」「おす。」「おす!」と返して来た。大学にいるのだか、それとも電車なのだか、向こうの状況が分からないけれども、「そっちは何時に着くのか」とか、「今どこにいるのか」とか、わざわざ聞く必要もない気がして放っておいた。会えなくてやばいと思えばどうせまた電話を掛けて来るのだろう。大学の門が見え始めたあたりで案の定、まるで計ったように電話が鳴る。
 「もしもし?ここでクイズです。オレは、どこにいるでしょうか。ヒントは、なし。10分後にまた電話する。」
 呆気に取られている間に電話は切られた。10分以内に見つけたい。どこだろう。握り締めた携帯電話を睨みながらひとしきり考える。それからまたコツコツとアスファルトに音を刻んで大学の構内に入った。鉄板焼きの匂いがする。

 部室。

 たぶん部室だ。それ以外に考えられない。

 弓音は雑踏に紛れていく自分のパンプスの足音に耳を澄ませながら歩いた。人々を除けて、屋台の並ぶメインの通りを抜けると人だかりはところどころになった。やっとまっすぐに歩けるようになった細い歩道は人が二人すれ違える程度の広さで、両側にスクエアに区切られた芝生が広がっている。所々に置かれたベンチも、今日はプラカップやプレートを持った人が座っているか、どこかのサークルのテントの中に入っているかしていた。声の割れるスピーカーから、バカみたいなリングネームを呼ばれた細くて白いレスラーがリングに上がると、子供たちが一斉に笑う。そこから少し離れたところでは、アカペラのサークルが昨年の冬に流行った恋の歌を歌っていた。
 少しずつ人だかりが途絶えて、いつしか同じ構内とは思えないほど静かになる。

 見覚えのある人文棟の白い壁に沿って歩く。それから茂みのように植えられた小さなドウダンツツジが唐突に途切れる。そうだ、そうだった、と確認するように思い出した。初夏に来たときには暗くてよく見えなかったな、と思う。明るい陽光の下で見る今も変わらない大学のキャンパスの雰囲気に、一瞬だけ時が戻っていったような気になり眩暈すら覚えた。
 コツコツコツとパンプスの音が響いた。人文棟の壁に反響しているのかとても大きく聞こえる。コツコツコツコツ。
 部室棟を見上げる。見覚えのある長身が、手すりに凭れてこちらを見下ろしていた。手すりにかけた右手をすっと上げる。挨拶のつもりらしかった。それから手すりからから身体を起こして部室棟の廊下を階段までまっすぐに歩いていった。しばらく見えなくなった航は、部室棟の階段下に姿を見せ、革製らしいブルゾンのポケットに手を突っ込んだまま靴を鳴らして向かってくる。それから二人をつなぐ歩道の中ほどでピタリと足を止めた。

そう、そして、
眼鏡のブリッジをくいっと持ち上げた。

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