サニーサイドアップ
19.
事務所の入っているビルから歩いて五分ほどのところに会社が借りている貸し倉庫があった。保管期間のある経理書類、それから一時的に事務所に入る商品などがこの倉庫にしまわれている。定期的にという訳ではないが、一週間か二週間に一度は、事務所に入荷した貨物を荷解きして仕分け、倉庫に持ち込まなければならなかった。
弓音は、事務所内の小さな倉庫で荷を解いて、月に一度経理に出さなければならないインボイスと照らし合わせる確認作業を行っていた。午後には男性陣が倉庫に行くのでそこに入れてもらわないと自分で持っていかなければならなくなる。たった5分の距離でも台車を引きずって倉庫に持っていくのは案外面倒が大きい。だからどうしても午前中に仕上げたい作業だった。
リストを読み上げるほうと実物を確認していくほうと、ふたりの人間がいればかなりはかどる作業なのに、この面倒な作業を行うときはたいてい弓音が一人で行う。営業の男性達は外出しているかなんやかんや理由をつけてやってくれないし、事務の女性も、難しい顔をしてコンピュータに向かっているところをわざわざお願いする気にもならなかった。
こういうときに黒岩が事務所にいれば大概気がついて一緒にやってくれるのだけれども、今日は朝早く部長に連れ出されて都内のどこかに外出してしまった。
残りの作業に目鼻がついたところで、倉庫の奥の電話機が内線で鳴っている。
弓音は床中に並んだ箱をまたぎながら受話器をとった。
「はい。」
「中倉さん、そこにいらっしゃいました?黒岩さんから外線です。さっきもありました。えっと・・・2、回?とにかく3番です。」
「はい、分かりました。もしもし、お待たせしました、中倉です。」
『中倉さん、倉庫作業だったか』
「です。」
『おつかれ!待っててくれたら俺一緒にやったのに。』
「経理の石田さんが午後一で倉庫行くっていうからそこに乗せてもらおうと思って。大丈夫。もうすぐ終わります。ありがとうございます。」
『ほんとー?ならいいけど。こっちさー、ついでにあと一箇所行きたいとこあるんだけど、それで終わりだから、飯、一緒にどうかなって思ってさ。今日昼飯持って来てないって、朝言ってたろ?』
「あー・・・っとー・・・」
『女の子たちで約束してる?じゃ、また今度にしよう。いや、さっきさ、取引先でいい店聞いたからさ。それじゃ、俺はこの辺で飯食って帰るから1時くらいにはそっちもどる。悪いんだけどホワイトボード直してもらえる?』
「分かりました。すぐ直しておきます。」
頭に浮かんだのは航のことだった。たとえば、借りた容器を返すだけならほんの数分で足りるのだから、ちょっと早めに出て器を返して、そして黒岩との待ち合わせに向かえばいいのだ。でも、言いよどんだのは、ただ返すだけではないと何かを期待しているからなんだろう。いったい、自分は何を期待しているのだろうか。
「あーっと、あの、黒岩さん?」
『はいはい?』
「そこ、今日の夜ご飯では如何ですか?」
『あぁ、いいね。そうしようか?』
「ええ。是非。」
昼間に航に無事に会えて容器を渡せるとすれば──
と、弓音は考える。まっすぐに家に帰りたくはなかった。まっすぐに家に帰って、洗濯物を取り込んだり、夕飯の支度をしたりするのは、何かが違う、と思う。
受話器を置いて、リストを持った手で反動をつけながら大きなダンボールを跨ぐ。営業部のホワイトボードを直しに行かなければならなかった。
弓音は、事務所内の小さな倉庫で荷を解いて、月に一度経理に出さなければならないインボイスと照らし合わせる確認作業を行っていた。午後には男性陣が倉庫に行くのでそこに入れてもらわないと自分で持っていかなければならなくなる。たった5分の距離でも台車を引きずって倉庫に持っていくのは案外面倒が大きい。だからどうしても午前中に仕上げたい作業だった。
リストを読み上げるほうと実物を確認していくほうと、ふたりの人間がいればかなりはかどる作業なのに、この面倒な作業を行うときはたいてい弓音が一人で行う。営業の男性達は外出しているかなんやかんや理由をつけてやってくれないし、事務の女性も、難しい顔をしてコンピュータに向かっているところをわざわざお願いする気にもならなかった。
こういうときに黒岩が事務所にいれば大概気がついて一緒にやってくれるのだけれども、今日は朝早く部長に連れ出されて都内のどこかに外出してしまった。
残りの作業に目鼻がついたところで、倉庫の奥の電話機が内線で鳴っている。
弓音は床中に並んだ箱をまたぎながら受話器をとった。
「はい。」
「中倉さん、そこにいらっしゃいました?黒岩さんから外線です。さっきもありました。えっと・・・2、回?とにかく3番です。」
「はい、分かりました。もしもし、お待たせしました、中倉です。」
『中倉さん、倉庫作業だったか』
「です。」
『おつかれ!待っててくれたら俺一緒にやったのに。』
「経理の石田さんが午後一で倉庫行くっていうからそこに乗せてもらおうと思って。大丈夫。もうすぐ終わります。ありがとうございます。」
『ほんとー?ならいいけど。こっちさー、ついでにあと一箇所行きたいとこあるんだけど、それで終わりだから、飯、一緒にどうかなって思ってさ。今日昼飯持って来てないって、朝言ってたろ?』
「あー・・・っとー・・・」
『女の子たちで約束してる?じゃ、また今度にしよう。いや、さっきさ、取引先でいい店聞いたからさ。それじゃ、俺はこの辺で飯食って帰るから1時くらいにはそっちもどる。悪いんだけどホワイトボード直してもらえる?』
「分かりました。すぐ直しておきます。」
頭に浮かんだのは航のことだった。たとえば、借りた容器を返すだけならほんの数分で足りるのだから、ちょっと早めに出て器を返して、そして黒岩との待ち合わせに向かえばいいのだ。でも、言いよどんだのは、ただ返すだけではないと何かを期待しているからなんだろう。いったい、自分は何を期待しているのだろうか。
「あーっと、あの、黒岩さん?」
『はいはい?』
「そこ、今日の夜ご飯では如何ですか?」
『あぁ、いいね。そうしようか?』
「ええ。是非。」
昼間に航に無事に会えて容器を渡せるとすれば──
と、弓音は考える。まっすぐに家に帰りたくはなかった。まっすぐに家に帰って、洗濯物を取り込んだり、夕飯の支度をしたりするのは、何かが違う、と思う。
受話器を置いて、リストを持った手で反動をつけながら大きなダンボールを跨ぐ。営業部のホワイトボードを直しに行かなければならなかった。