サニーサイドアップ
30.
高架は大きな川を跨いでいた。学生時代にサークルのみんなで来たことがあったなと思い出していると航も同じことを思ったのか、
「あ、ねぇ、寄り道しようか?」
と、助手席側の車窓から河原を見ながら言った。いいね、天気もいいしね、とぼんやり弓音は答えて過去の川原へと記憶を辿る。
その日、バーベキューセットやら食材やらを三台の車に分けて運んだ。弓音と同学年の幾人かが乗ったオフロードは、たしか運転していた男子学生のお兄さんの車だったのではなかったか。バックシートの後ろにパズルのように積み込んだ食材と雑貨を順に運んだ。紙コップが足りなかったのだったか、そのオフロードのタイヤの丸みがある向こうのくぼみに入れたはずと弓音が言って航が「取って来る」と行ったままなかなか帰って来ず、単純に説明が悪かったかな分からなかったのかな?と思った。それだから、なんとはなしに、弓音も車の方へ向かったのだ。
トランクが開いているのに人影がなかった。不思議に思ったけれど、車の向こう側に誰かがいるとは思いもせずに、うかつにも車に近寄って、弓音はそこに、航と直美がいるのを見た。
車高の高い車のルーフあたりに手を乗せて航は立っていた。まくった袖から伸びた腕に筋が通っていた。なんでそんな細かいところに目が行ったのか、そしてなんでそれをいまだに覚えているのかも、不思議に思える。当時流行ったダイバーズウォッチをしていた。航が少し前に屈んだとき、彼の襟足がパッツリと切りそろえてあったのがなんだか似合わないと思った。それから航の向こうに、鉄橋が見えた。
川面を渡った風が、足元から吹き上げるように河川敷を走った。煤けた緑色や枯葉色の背の高い草がざわざわと鳴った。学生らしい笑い声は、大きくなったり小さくなったりして、遠く高架を走る電車の音が耳を澄ませば聞こえた。高速道路は、どこか違う星の、どこか違う時間へとつながっているように見えた。自分達とは少しも関係のない、別の次元へ。
足音を立てないように、けれど、できるだけ不自然に見えないようにグループの輪に戻ったとき弓音はなぜだか思ったのだ。学生時代が終わるのだ、ということを。どうしてそんなことに結びつけたのだか分からないけれど、もう、面白可笑しく騒いでいい時代が終わるのだ、と、そう思ったのだ。
そしてそれは、間違いではなかったと、今でも思う。
あの日終わった学生時代が、どうしてかすぐそこにまた道を拓いているのだろうか。弓音はふとそんな考えに囚われる。それから、まさか、と頭を振って小さく苦笑した。
ほんと、いい天気になりそうだな、と小さな車の中で航がぐっと伸びをする。窮屈そうに丸めてそして反らすその背中も、首筋も肩も、ハンドルに伸ばした腕も、ハンドルを掴む手も手首も、学生の頃よりずっと逞しくなったと弓音は眩しく思った。
鏡に映った自分の薄い目じりの皺が気になる、真夏に袖を通すときほんの少しためらってしまうノースリーブ、弓音がそんな風に積み重ねてきた変化を、この男の友人がどうやって重ねてきたのか。
時折思い出したように痛くなる胸の痛み。ちくちくと、今、又、それを感じていた。
「あ、ねぇ、寄り道しようか?」
と、助手席側の車窓から河原を見ながら言った。いいね、天気もいいしね、とぼんやり弓音は答えて過去の川原へと記憶を辿る。
その日、バーベキューセットやら食材やらを三台の車に分けて運んだ。弓音と同学年の幾人かが乗ったオフロードは、たしか運転していた男子学生のお兄さんの車だったのではなかったか。バックシートの後ろにパズルのように積み込んだ食材と雑貨を順に運んだ。紙コップが足りなかったのだったか、そのオフロードのタイヤの丸みがある向こうのくぼみに入れたはずと弓音が言って航が「取って来る」と行ったままなかなか帰って来ず、単純に説明が悪かったかな分からなかったのかな?と思った。それだから、なんとはなしに、弓音も車の方へ向かったのだ。
トランクが開いているのに人影がなかった。不思議に思ったけれど、車の向こう側に誰かがいるとは思いもせずに、うかつにも車に近寄って、弓音はそこに、航と直美がいるのを見た。
車高の高い車のルーフあたりに手を乗せて航は立っていた。まくった袖から伸びた腕に筋が通っていた。なんでそんな細かいところに目が行ったのか、そしてなんでそれをいまだに覚えているのかも、不思議に思える。当時流行ったダイバーズウォッチをしていた。航が少し前に屈んだとき、彼の襟足がパッツリと切りそろえてあったのがなんだか似合わないと思った。それから航の向こうに、鉄橋が見えた。
川面を渡った風が、足元から吹き上げるように河川敷を走った。煤けた緑色や枯葉色の背の高い草がざわざわと鳴った。学生らしい笑い声は、大きくなったり小さくなったりして、遠く高架を走る電車の音が耳を澄ませば聞こえた。高速道路は、どこか違う星の、どこか違う時間へとつながっているように見えた。自分達とは少しも関係のない、別の次元へ。
足音を立てないように、けれど、できるだけ不自然に見えないようにグループの輪に戻ったとき弓音はなぜだか思ったのだ。学生時代が終わるのだ、ということを。どうしてそんなことに結びつけたのだか分からないけれど、もう、面白可笑しく騒いでいい時代が終わるのだ、と、そう思ったのだ。
そしてそれは、間違いではなかったと、今でも思う。
あの日終わった学生時代が、どうしてかすぐそこにまた道を拓いているのだろうか。弓音はふとそんな考えに囚われる。それから、まさか、と頭を振って小さく苦笑した。
ほんと、いい天気になりそうだな、と小さな車の中で航がぐっと伸びをする。窮屈そうに丸めてそして反らすその背中も、首筋も肩も、ハンドルに伸ばした腕も、ハンドルを掴む手も手首も、学生の頃よりずっと逞しくなったと弓音は眩しく思った。
鏡に映った自分の薄い目じりの皺が気になる、真夏に袖を通すときほんの少しためらってしまうノースリーブ、弓音がそんな風に積み重ねてきた変化を、この男の友人がどうやって重ねてきたのか。
時折思い出したように痛くなる胸の痛み。ちくちくと、今、又、それを感じていた。