サニーサイドアップ
7.
 肉と皮を数本ずつお土産に作ってもらい、弓音は黒岩と店を出た。帰る方向もほとんど一緒で、歓迎会や壮行会、忘年会などの飲み会などの帰りでもいつも最後まで一緒なのが黒岩だった。彼と仲良くなったのは営業部でチームを組んでいるからだけではなくそういう理由もあるのかもしれなかった。でももちろん、気の合わない相手なら、どうにかこうにか切り抜けて一緒に帰ろうとも思わないのであろうから、やはりなんとなく気が合うんだろうな、と思う。
 その日も、いつも通り並んで歩き、同じ電車に乗った。最後まで同じ沿線だが弓音は急行で黒岩は各駅停車に乗る。黒岩は大きく手を振って弓音と別のホームへ向かい、弓音も大きく手を振ってそれに答え、それからはっきりと分かるように深い会釈をして自分の乗る電車の停まっているホームに向かって行った。

 人間には、二通りの人間がいる。
 たとえば、異性と友達になれる人間と、そうでない人間。
 
 人間には二通りの人間がいる。
 記憶力の良い人間と、そうでもない人間。

 弓音は10年前の6月のある週末を思い出す。

 弓音が26歳で航が24歳だった。
 弓音はシースルーの袖がついたサテンの紺色のワンピースを着て、淡水パールが幾重にも重なったネックレスとおそろいのブレスレットを身に着けていた。それから、フォーマルな時にだけつける楕円形の縁なしの眼鏡をした。弓音の格好は参列した友人達の中では一等地味だったけれど、弓音にはよく似合っていて着心地も悪くなかったし、居心地も悪くなかった。
 式を挙げたのは、新郎も新婦も弓音と航の大学時代のサークル仲間のふたりだった。高砂に仲良く座る二人は、まるでサークルの余興のようにも思えて不思議だった。

 「そんで最近どうよ?」
 と、グラスの脚を丁寧につまんで赤ワインを傾けながら航が言った。航は黒に近いグレーのスーツを着ていた。シルク混なのかもしれない、少し光沢があるように見える。薄い青味がかったグレーのベストは細い格子柄で、広い衿のドレスシャツにやはり青味がかった白のネクタイは織りが美しく、一目見て高級そうなネクタイだと分かった。航は弓音の素早いチェックに気づかないで、赤いワインをぐいともう一口飲んだ。弓音は同じようにワインを傾けて、のんびりと答えた。
 「どうって何がよ?」
 「何がって、── お盛んですか?」
 「おさ…おさ…」
 「なんだよ、いい年してカマトトぶらんでも。」
 「カマ…はあー?ばっかじゃないの。ほんと下品。」
 そうやって冗談とも本気ともつかない罵りあいの後で、弓音は自分でも気づかないような小さなため息をついた。航は煽りかけたワイングラスを唇から離して、弓音に首を傾けた。
 何かあったんだな?とその目が言っていた。航はいつもそうだ。憎たらしい口を利いて腹立たしいことばっかり言う癖に、弓音を本当に貶めたり心底嫌がるようなことは言わないし、弓音が何かしら落ち込んでいたりしんどかったりすれば、それを小賢しいアンテナで察知してしまう。
 人間には二通りの人間がいる。
 察しのいい人間と、そうでもない人間。
< 7 / 39 >

この作品をシェア

pagetop