ジャンヌ・ダルクと女騎士

アランソン公

「乙女!」
 シャルルの部屋から出て来たジャンヌを見ると、共にオルレアンからロッシュ城に来たオルレアンの私生児(バタール)は、ほっとした表情でそう声をかけ、彼女に駆け寄った。
「何とか、ランスに行って頂く約束をとりつけました」
 少し疲れた表情でジャンヌがそう言うと、オルレアンの私生児(バタール)、ジャン・ド・デュノワは困った表情になった。
「だが、ランスまでの町のほとんどは、イギリスに占領されている。簡単にはいかぬぞ?」
「でしょうね。ですが、やらねばならぬのです」
 ジャンヌが真っ直ぐジャンの瞳を見ながらそう言うと、彼は頷いた。
「分かった、分かった! 私は君に従うよ。陛下との約束もとりつけてきたのだしな」
「ありがとうございます、ジャン様!」
 本当に嬉しそうな表情でジャンヌがそう言うと、ジャンも微笑んだ。
「それで、又、私が指揮すればいいのかな?」
「そのことなのですが、追って連絡するので、今はとりあえず、オルレアンに戻れ、とのことでした」
「大丈夫なのか、それで? これまでだって、のらりくらりとかわされて、なかなか腰を上げて下さらなかったというのに……」
「今回は大丈夫だと思います。殿下がランスで戴冠されれば、敵の力も弱まるはずだと申し上げましたから」
「そ、そうか……」
 そう言いながら、ジャンは心配そうにジャンヌを見た。
 言わない方が良いわよね? 殿下に「敵の力が弱くならなかった場合は……」なんて言われたこと。
 そんな彼の表情を見て、ジャンヌは心の中でそうつぶやくと、精一杯の微笑を浮かべたのだった。

 ――結局、シャルルが正式なロワール遠征の命を出したのは、ジャンヌとジャンがオルレアンに戻って数日後のことだった。
 それでも、彼が約束を守ってくれたことにジャンヌはほっとしたのだが、総司令官の名を聞くと、目を丸くした。
「アランソン公ジャン様……ですか? ジャン・ド・デュノワ様ではなくて、ですか?」
「任命書にはその様に記されております」
 シャルルからの使いの男はそう言うと、シャルルの印のある書状をもう一度確認した。
「やはり、アランソン公ジャン様と書かれています」
「そうですか。では、その方はどちらのいらっしゃるのでしょうか?」
「ここにおりますよ」
 そう言った低い声に、ジャンヌとデュノワの二人が声の方を振り返ると、そこには二十歳位の疲れた表情のやつれた男がいた。
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