ジャンヌ・ダルクと女騎士

バートの最期

「フン、修道女風情が、生意気な口をききおって! うるさいわ!」
 そう言うと、彼は両手で仕掛けを動かしていたため、足で彼女を蹴った。
「何と言うことを! 貴方は神を冒涜するおつもりですか!」
 シモーヌはそう言いながら胸の前で十字を切ったが、彼は鼻でせせら笑うばかりだった。
「冒涜ねぇ……。そんな恰好してる割に、髪を伸ばしてる女に、偉そうに言われたくなどないね!」
「何ですって!」
 シモーヌがそう言って眼を釣り上げた時、跳ね橋になっている入り口がだいぶ上に上がってしまい、そのむこうで聞き覚えのある声が叫んだのだった。
「もうこれ以上、あれが上がったら、中に入るのは難しい。早く飛び越えて、中に入るんだ、乙女! 君さえ無事なら、後は何とかなる!」
「バート……?」
 愛しい低いその声に、シモーヌが思わずそう呟くと、ギヨームはニヤリとした。
「フン、やはり偽物の修道女だったか! おかしいと思ったんだよな。色気もあるし、美人なのに、神だけに仕えるなんてな!」
「どいて!」
 だが、今のシモーヌには、そんな彼の嫌味もただの雑音にしか聞こえず、彼に体当たりして、突き飛ばしたのだった。
「うっ!」
 そう言いながら倒れたギヨームの上に、降りた跳ね橋からどっと詰めかけた兵士が押し寄せ、あっという間にその姿は見えなくなった。
「今だ、乙女! 早く!」
「バート!」
 乙女ジャンヌを守るように残っていた傭兵を指揮していたバルテルミと、尼僧姿のシモーヌがそう叫んだのは、ほぼ同時だった。
「シモーヌ……? 君が開けてくれたのか?」
 そう言いながら彼女を見たバルテルミに、シモーヌはほっとした表情で駆け寄ろうとした。
「乙女を中に入れるな!」
 その時、バルテルミの後ろでそう叫ぶ男の声がしたかと思うと、矢が放たれた。
「危ない!」
 橋の上にいたシモーヌにもそれが落ちてこようとするのを見て、バルテルミはそう叫び、駆け寄っていた。
「うっ!」
 シモーヌは、愛する男の短い叫びを、その腕の中で聞いた。
「バート……?」
その男の胸の所には違和感があり、何かぬるりとした物が手に触れた。
「血………?」
 彼女がそう言って自分の手についた物を見た時、バルテルミが咳き込み、血を少し吐いた。
「バート!」
 驚いた彼女が彼を支えようと背中に手を遣ると、そこには既に何本も矢が刺さっていた。
「どうして……どうして私なんかを庇ったりしたの!」
「そんな風に言うな……。俺は、お前を守れたんなら、本望なんだから……」
 そう言うと、血だらけで震える手で、バルテルミはシモーヌの頬に触れた。
「どうして! 他に好きな女性(ひと)が出来たんじゃなかったの?」
「そんなの……いるわけないだろう……」
「じゃあ……じゃあ、どうしてそう言ってくれなかったの? どうして、私を遠ざけたりなんかしたの!」
「それが良いと……思ったから……。俺に万が一のことがあったら……お前が悲しむから……」
「だったら! ずっと元気で、傍にいてくれればいいじゃないの!」
「悪い……もう駄目みたいだ……」
 バルテルミはそう言いながら、震える手を伸ばしたが、もう目が見えていないのか、その手がシモーヌの頬をとらえることは出来なかった。
「バート、駄目よ! しっかりして! 生きて! お願いだから、私の為に生きてよっ!」
「シモーヌ……愛してる……。最期に会えて……よかっ……」
「バートッ!」
 彼女の叫びも虚しく、血だらけの青年は目を開けなかった。
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