猫の恩返し
「トーゴ、助けてぇー」


情けない声で俺を呼ぶナツ


「ほら」


手を差し出すとギュッと握り締め、しがみ付いてくる

潮の匂いに紛れて普段使っているシャンプーの匂いが鼻をかすめ、一瞬だけ迷いが生じた


いやいやいや…

相手は猫だ

惑うな、俺───


「桐吾───?」


頭を軽く振っていると聞こえてきた懐かしい声


…幻聴か…?


声のした背後を振り返ると、そこにはつい最近思い出した顔の女


「やっぱり桐吾だ」


豊満な胸にくびれたウエスト、ぷっくりとした唇に挑発するかのような真紅の口紅

垂れた奥二重の左目尻には、それ自体に色気があるのではないかと思わせるホクロ


「雅美(まさみ)…」


雅びで美しい、彼女に相応しい名前

それが故に男にも事欠かなかった女


「桐吾がこんなところに来るなんて、珍しいわね」


顎のラインに沿って揃えられた髪の毛を掻き上げ、眩しそうに微笑む

その笑顔に、どれほどときめいて…どれほど騙されただろう
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