麗雪神話~炎の美青年~
「気のせいです。私は見たことなんてないから」

セレイアのあくまでつれない態度に、青年がにやりと笑った。

面白い女だ、とでも言いたげだ。

「ヴァルクスは年の頃は俺くらいで、黒髪黒瞳だ。トリステアではちょっと珍しい容貌なんだが、本当に知らないか?」

「…………」

セレイアはきゅっと唇を引き結んだ。

答える気など毛頭ない。

しかしなぜ、この男は、“ヴァルクス”のことなど知りたがるのだろう?

しばし沈黙が流れると、男は「まあいい」と引き下がった。

不意に男は懐に手を入れると、目にも留まらぬ早業で何かをひゅっと投げつけた。

ディセルがかばう暇も、セレイアが避ける暇もなかった。

何かとはナイフだった。

ナイフだとわかったのは、セレイアの背後の壁にそれが突き立ったのが目視できたからだ。

それはセレイアの長い髪を一房切り取っており、それを男は恭しく捧げ持つと、あろうことかそこに口づけを落とした。

「また、会えるといいな」

男は不敵に笑って去って行った。
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