記憶と思い出と、記憶齟齬と、そしてそれは白昼夢
春の風
春の風が吹いている。長閑な午後。木陰は少し肌寒い。「風が昨日のように強くなくて良かった。」「そうね。」そんな風に言った後、もう話すこともなく、ぼんやりと眼下を通るバスと、タクシーと、軽トラックと、小さめの自家用車ばかりが通るのを見ていた。
もう、本当に何分も二人で静かにそうしていた。
春の風が吹いて、タクシーが坂をゆっくりと上る。彼のスニーカーが砂を蹴る音。
「何を考えているの?」
と彼が言った。
── 何を考えているか、ですって?
「何も」
と私は答える。
もう何年も、誰かに、そんなことを訊かれた事がなかったと思い当たる。胸の中が急にざわついた。
「あなたは?」
と私は問う。
「教えない」
と、彼が答える。
本当は知っている。彼も、私も、お互いが何を思っているのか、ほんの少しは。
ローカル線がゆっくりとカーブを走っていく。子どもの手を引いてベビーカーを押す母親が私たちを見るともなしに見て通り過ぎるのを見送る。彼が足を引いて、ザリリと砂の音がする。彼を見ると彼も私を見ていた。その目は優しく、その目は哀しく、そして目を逸らす。春風が木々をゆする音がする。桜の花びらが雪のように舞った。
もう、本当に何分も二人で静かにそうしていた。
春の風が吹いて、タクシーが坂をゆっくりと上る。彼のスニーカーが砂を蹴る音。
「何を考えているの?」
と彼が言った。
── 何を考えているか、ですって?
「何も」
と私は答える。
もう何年も、誰かに、そんなことを訊かれた事がなかったと思い当たる。胸の中が急にざわついた。
「あなたは?」
と私は問う。
「教えない」
と、彼が答える。
本当は知っている。彼も、私も、お互いが何を思っているのか、ほんの少しは。
ローカル線がゆっくりとカーブを走っていく。子どもの手を引いてベビーカーを押す母親が私たちを見るともなしに見て通り過ぎるのを見送る。彼が足を引いて、ザリリと砂の音がする。彼を見ると彼も私を見ていた。その目は優しく、その目は哀しく、そして目を逸らす。春風が木々をゆする音がする。桜の花びらが雪のように舞った。