……っぽい。
ほんの世間話。
書類を確認する間の、他愛ない会話。
当然こういう話はしてくるだろうと踏み、笠松と相談して前もって答えを用意していた私は、管理人さんに淀みなく言った。
「恥ずかしい話なんですけど、29歳にもなって彼氏もいないのかって家族に心配されてしまいまして。渋々、お見合いをしたんです」
「おや」
「そしたら、お相手の方がとてもいい方で。とんとん拍子に結婚の話が進んで、会社も辞めて実家のほうに戻ることになったんですよ」
「おやおや、おめでたいお話で」
「ありがとうございます」
万が一、億が一。
真人の奴がここへ来たとして。
私がいないことを不審に思い管理人さんに私の所在を尋ねたときのために、自分のことも管理人さんのことも守れる嘘を私たちは考えた。
ほとんど笠松の知恵だったけれど。
「ご実家、どちらでしたっけ?」
「岐阜のほうです」
「おや、岐阜ですか」
これも嘘だ。
嘘で嘘を塗り固めるような汚いことは、できるなら避けたかったけれど、念には念を入れて準備を進めましょうと心配してくれる笠松のためにも、もう二度とあんな男に引っかからないためにも、罪悪感を隠して私は嘘をついた。