……っぽい。
 



--夜、20時。


「というわけで、部屋の鍵、ちょうだい?」

「そっか、しばらく橘のご飯食えないのか……」


私は、真人と向かい合わせの席についたお洒落カフェにて一世一代の大ほらを吹いていた。

目の前には、いかにも残念そうな顔で、なぜか私を“橘”と名字でしか呼んだことのないクソ男が会えない寂しさを演じる長いため息をつく。


意外にもあっさりと真人と会う約束を取り付けられた私は、その旨をさっそく、鬼課長の目を盗んで笠松へラインを送った。

それがちょうど、お昼頃。

「橘先輩、お疲れさまです」「バナやんお疲れーい」「なんだなんだ、デートか? おうおう羨ましいじゃねーか」などと声がかかる中を、月曜から定時に上がってすいません……とペコペコ頭を下げながら愛想笑いで切り抜けたのが、規定で定められている定時の17時半。

それからかれこれ1時間半ほど、『鶴亀堂』近くの渋いカフェで念入りにシュミレーションをしつつ笠松が退社してくるのを待ち、19時にようやくカフェに姿を現した笠松とともに、待ち合わせのお洒落カフェへと向かったのだった。


真人との約束の時間は20時だったので、1時間半の待ちぼうけを食らってもまだ時間に余裕があったのは、まあよかった--が。
 
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