……っぽい。
 
「それは、笠松君が久しぶりに鶴亀課に配属になった男性社員だからだよ。私が入社してから去年までは、女子社員しか配属にならなかったから、仕方なしに私が腹踊りしてたんだけど、今年は笠松君がいるから嬉しいなー」

「……」

「ほら、さすがに新人の女の子にお腹を出させるわけにはいかないでしょ? いやいや、今年はホント助かっちゃったなー」


なんなんだこの会社は! いやこの人は!

開いた口が塞がらないという経験をしたのは、まさにこのときが初めてだった。

女性に腹踊りをさせる会社も会社だが、普通にお腹を出しちゃうこの人もこの人だ!

恥じらえ!もっと!


『鶴亀堂』といえば、誰もが一度は名前を聞いたことのある超老舗の文具メーカーである。

大正期に操業を開始し、戦時中は物資が不足する中でも子供たちに勉強の楽しさを教えたいと無料で筆記用具を配布したという逸話が現代にも語り継がれている名だたるメーカーなのだ。

そして、就職浪人になろうかという俺に温かい手を差し伸べてくれた、唯一の会社。


その鶴亀堂が、まさかの腹踊り……。

しかもこの人、やっちゃってるし。


「……いいですよ、腹踊り」

「ほんと!?」

「大抜擢じゃないですか。ははは……」
 
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