run and hide2~春の嵐~


 正輝は椅子へもたれて、私を見る。話を促しているのだ。こうやって彼はいつでも私の話を聞いてくれる。それはいつもは素晴らしく嬉しい態度なのだった。だけど今晩は・・・・喜べそうにもない。

「・・・仕事がうまくいってないのか?」

 私は一度深呼吸をした。それから、やっと届いたワインを一口飲んで喉をしめらせ、彼を見る。

「違うの。仕事じゃない」

「ならどうした?」

 正輝もワインを飲む。あまりお酒に強くないのに、料理が来る前に飲むとは。きっと私の緊張が彼にもうつってしまっているのだ。

 私は無意識に姿勢を正して、口を開いた。

「ねえ正輝。うちの新人の田中さんに、昨日、会ったでしょう?」

 ん?と彼は首を捻った。結構な勢いで瞬きをしたのに気がついた。私は唾を飲み込んで彼の返事を待つ。

「ああ、うん、そう、会ったよ。あの子に聞いた?接待の帰りに歩いていたら、声を掛けられたんだ」

 とりあえず、状況は同じようだわ。私はそう心の中で呟いて、頷いた。

「そう、会ったんだってね、田中さんに聞いたの。・・・えーとね、あの子が言うには、なにやらあなたに相談があるらしいのよ。男友達について、とか何とか言ってたわ。・・・どうする?」

 グラスに入った、よく冷えたスパークリングワイン。それを飲み干したい欲望に耐えながら、私はなんてことないって顔を作って聞いた。

 ・・・正輝。

 どうか断って。一体何で俺が?って呆れて笑ってしまって欲しい。ねえ、お願いだから、正輝――――――――――


「相談?ああ、構わないよ。いつでも」


 正輝はいつもの笑顔で頷いた。


< 39 / 79 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop