run and hide2~春の嵐~


 髪色変えたんですか?の次の次の日に、え?長さも?になって、梅沢さん、スカーフにしたんですね、に変わる。その度に彼女の口調に焦るような響きを聞き取ってから、私はさほど観察時間を与えずに微笑みだけ残してとんずらしていた。

「ごめんね、今急いでるの~」

 って。手をヒラヒラ振って。

 社内でよく使うのは、トイレ、喫煙コーナー、そこにたむろする野郎どもの背中。エレベーターで会わないように、究極に疲れている時以外は階段を使うことにしたから、最近はふくらはぎがしまってきた。


 田中さんに捕まらないように、それに気をつけながら、私は仕事の鬼となる。

 仕事は私を裏切らない。成果に応じてボーナスまで出る。自分の好きなものを買えるし、美味しいご飯も提供してくれる。ほんと、仕事って最高ー!

 いい感じだった。面倒な新人さんに対することはそれで良かったって思っていた。だけど、それでは全然よくない方が、まだあるにはある。

 正輝だ。

 彼に会わないと決めてから、私の心臓は大きな傷口を持ったまま。だってあれだけ焦がれてやっと恋人になった男なのだ。ガッカリしたけれどもまだ好き。なのに彼に会うことが出来ないし、話すことも自分で苦しくなるのだ。

 凄い勢いで流れ出ているわけではないけれど、確実に毎日血を流している。

 会わないってことは、あの笑顔を諦めるってことだ。それにあの胸。腕、私の好きな背中から腰のラインも。優しい言葉に低い声も、全部全部。


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