run and hide2~春の嵐~
ツヤツヤの黒髪をはらりと肩から払って、彼女は中腰で亀山に向き直り、ヤツの食器が載ったトレーを掴もうとしていた。
・・・あたしが運びますう~??
一瞬文字が丁寧に一文字づつ点滅して頭の中を駆けて行く。
亀山、文字通り固まっている。それから、次の瞬間には覚醒したようにトレーを持ち上げかけた彼女と反対の端っこを引っつかんで、上ずった声で叫んだ。
「い、いやいやいや!お、お、俺が運ぶから!」
「どうぞ遠慮せずにい。後輩の仕事ですから~」
「大丈夫、だから・・・離してくれ!」
最後はもう必死。亀山の叫び声に周囲の人間が何事かと振り返る。彼女、新人の田中さんはそうですかあ?と間延びした声で残念そうにいって手をトレーから離し、亀山が通れるようにと体を避けた。
私の方を見もせずに亀山はダッシュで退散する。
「ちょ、ちょっと亀!?」
私の叫び声は届いていたとしても無視することに決めたらしい。亀山は脱兎のごとくキャンティーンから姿を消した。本当に素早い動きだった。ヤツにとって、凄まじく衝撃的だったに違いない。だって、この会社でまさか?!だ。
私はしばらくあんぐりと口を開けていたけれど、周りの視線に気がついて口を閉じた。それから声を低くして、テーブルに身を乗り出して田中さんにと言葉を放つ。
「田中さん」
「はあい」