オトナの恋を教えてください
血。
私に流れるのは、母と、そして亡くなった父の血だ。

『私たち』という言葉から、母が父の話をしようとしているのがわかった。


「お父さんの話、あんまりしてこなかったね」


「私が話さなかったのよ。
お父さんは、一回賞を取っただけの売れない画家。身寄りもなくてね、私の両親は大反対よ。大学まで出した娘が、そんなヒモ同然の男とくっついたなんて許せなかったんでしょうね。
結局、駆け落ちみたいなかたちで結婚したの」


父の話になると、母はいつも口が重かった。
それにものすごく悲しい表情になるので、私はそれが嫌で深く聞いてこなかった。


「いろはが産まれて、お金はないけどお父さんと三人、私は幸せだったわ。
でもあなたが1歳半のとき、お父さんは肺炎をこじらせてあっけなく死んじゃった。元から身体の弱い人だったからね。私は運命を呪ったし、私たちを置いて逝ったお父さんも恨んだ」


本当に初耳の話で、私は少し驚く。

父の記憶のない私には、『お父さん』とは概念でしかなく、人格を持った人として考えてこなかった。
母の表情を暗くする存在でしかなかった。

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