オトナの恋を教えてください
「そこからはもう必死。コンサルの会社で死ぬ気で働いたわ。
保育園のあなたのお迎えはいつも最後だったわね。いろはが寂しがって泣くのが辛かった。私だって泣きたいよって毎日思ってた。
一度本当に言ったのよ。『あんたばっかり泣かないで!お母さんには泣く場所もないのよ!』って」


「そんなことあったんだ……覚えてないな」


「あなた、みっつくらいだったもの。そりゃ覚えてないわよ。
でもね、小さないろはは泣き止んだの。そして、私の頭を撫でてくれた。『泣いていいよ』って。
それを見たら、私はもう金輪際泣くもんかと思ったわ。いろはに弱いところを見せられない。私がこの子を幸せにしてやるんだって」


母はそこで言葉を切った。
深く息をつく姿は、いつも若々しい母を年相応に見せていた。


「ずうっとあなたに『私の幸せ』を押し付けてきたのかもしれないわ。良かれと思って、安全な道を用意して、私が守りたかったのはいろはじゃなくて、自分の心なんでしょうね。娘の優しさに甘えてきたのね」


母の瞳からぽろんと涙が転がり落ちた。

その一粒だけで、母はすぐに鼻をすすり、顔をそむけた。
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