オトナの恋を教えてください
いろはがぎこちなく頷いた。
その表情を横目で盗み見る。

沈痛な表情は、彼女もまた迷っているのだろう。

想いを伝え合ったばかりの俺たちが、離れ離れになるということが何を意味するのか。


「あっちにさ、第五営業部時代の先輩がいるんだよ。俺がストーカーされてた時、心配してくれた恩のある人でさ。その人が福岡支社の欠員に、ぜひ俺をって指名してくれたみたいなんだよね。ホント、頭上がんないよ」


「よもぎが……寂しがりますね」


いろはの声はかすれていて、ようやくしぼり出したもののようだった。
俺は平静を装って答える。


「よもぎは一緒に連れて行けないか考えてる。前から、あの猫カフェにはよもぎの引退時は引き取りたいって言ってあるし、スタッフも今回の事情を慮ってくれるんじゃないかな」


「そうなんですね……うまくいくといいです」


「ああ、でもさ」


言葉を切って、俺は息を吸い込んだ。
なるべく軽薄に聞こえるよう言う。

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