まだ、心の準備できてません!
なんとなくそちらを見ていると、ドアの陰から“浅野”というらしい人物が姿を現す。

その人を見た瞬間、私は目を見開いて固まってしまった。


長身に纏ったダークグレーのスーツ、端正な小顔に大人の雰囲気を演出している黒髪。

いつもに増して真剣な表情をした、なかなか会えない彼がそこにいるのだ。


「……夏輝さん……!?」


美人さんが手に持つ資料を隣で覗き込んでいた彼は、私が小さく漏らした声に気付いたらしく、顔を上げる。

私と目線を合わせると、彼は一瞬目を丸くしたものの、たいして驚いた様子もなく、にこりと微笑んだ。


今その扉から出てきたということは、まさか夏輝さんはトワルの社員だったの……!?

動揺を隠せない私とは正反対に、夏輝さんは落ち着いている。


「悪い、待ち人が来た」


夏輝さんにそう言われた女性店員さんは、一瞬私を見た後、了解したことを表すように軽く頭を下げ、別の業務に取り掛かろうとしていた。

“待ち人”って、また私を待ってたの?と疑問が過ぎる。

けれど、こちらに向かってくる彼に鼓動が速さを増し、急に緊張し始める。

壁側に設置された棚の前で動けずにいる私のすぐそばに歩み寄ると、彼はいつ見ても美麗な笑みを浮かべた。

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