まだ、心の準備できてません!
指が離されて回りを見るけれど、さっきまでいたお客さんは帰っていったようだし、店員さんもレジ付近から離れたらしく、ここからは姿が見えなかった。

黙ってないで、大声出してここの評判を下げてやってもいいかも……なんてあくどいことを考えていると、夏輝さんは意地悪っぽく口角を上げて言う。


「心の準備をしておけとメモに残しておいただろ? 恋愛に対してだけじゃなく、ね」


……それは、店が合併されるための心の準備をしておけということ?

冗談じゃない。そうやすやすと私達の大事な店を手渡すもんか!


「……ふざけないで」


怒りを滲ませた低い声で言い放ち、悔しいくらいに整った顔を見上げて、思いっきり睨みつける。


「私はあなた達の思い通りにはならないから。マシロは絶対になくさない」


夏輝さんを見据えたまま、強い意志を込めて言った。

彼は涼しげな表情を変えず、オーナメントを戻すため再び棚に手を伸ばすけれど、私はもうビクビクしない。


「私が、必ずマシロを守ってみせる」


産まれた時からずっと、あの店で育ってきたようなもの。

私にとってもお父さんにとっても、たくさんの思い出とかけがえのない日常が詰まっている。

家と同じくらい大事な場所を、奪われてたまるか。

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