まだ、心の準備できてません!
ぐっと両手を握りしめ、まっすぐ目線を合わせながら宣言した。

すると、何故か彼の表情が柔らかく変化していく。初めて逢った時や、誕生日プレゼントをくれた時に見せたような、優しい微笑みに。

その意外な変化を不思議に思い、一瞬怒りが治まった。

再び腕を組んだ彼は、小さく頷きながらこんなことを口にする。


「……いい目をするな。力強くて綺麗で、惹かれる」


──ドキン、とつい反応してしまう心臓が憎い。

この人は私達が戦うべきライバルだよ?

こんな甘い言葉を掛けてきたって、腹の中が真っ黒だってことはもうわかったんだから。引っ掛かっちゃダメ。

また怒りがじわじわとこみ上げてきて、私は彼の脇をすり抜けると、振り返ってきっぱりと言う。


「もうからかうのはやめてください。……さようなら」


くるりと方向転換し、店を出るために足を進めようとしたところで、言おうと思っていたことを思い出した。

夏輝さんに借りを作っているようでシャクだけど、一応礼儀として言っておこう。

もう一度振り向くと、彼は頭にハテナマークを浮かべるようにキョトンとした。


「この間は、送ってくれてありがとうございました。では」


まったく感情がこもっていない棒読みで伝えると、小さく会釈して今度こそ出入り口の方へ向かった。

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