まだ、心の準備できてません!
「記憶がないんだろ? ジャスミンから聞いたよ。なのに何もなかったってどうしてわかるんだ?」

「そ、それは……」


だって、服やシーツはまったく乱れていなかったし、ごみ箱にティッシュとか使用済のアレとかなかったし……

と考えを巡らせるものの、そんな生々しいこと言えるはずもなく、火照る顔を俯かせて口をつぐむ。


でも、絶対何もなかったはず。もしもヤッ……ちゃってたとしたら、いくら泥酔してたってさすがに気付くでしょう。

私がいちいち反応しちゃうからからかわれるんだ。絶対そう。


睨みながら顔を上げると、夏輝さんは真意の読めない笑みを見せ、私に右手を差し出す。


「ま、あの時のことは胸に秘めておくよ。これから長い付き合いになりそうだから、よろしく」


……ウチを乗っ取ろうとしている相手と、握手なんて出来るわけないじゃない。

骨張っているけれど綺麗な手に触れることなく、私は自転車のスタンドを蹴る。

それを予想していたように、夏輝さんは涼しげな笑みを浮かべたまま右手をポケットにしまった。


「……失礼します」

「あぁ、またね」


憎らしい彼を一瞥し、自転車に跨がった私はすぐにペダルを踏んだ。

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