まだ、心の準備できてません!
「お待たせいたしま──」

「いえ、お構いなく」


予想以上の背の高さと、予想外の低い声に、一瞬頭の中は大混乱。

見上げた先にいるのは、女性客ではなく……甘い微笑みを携えた、憎き腹黒男だった。


き、来たーー!!

少しのけ反って目と口をぱかっと開き、ぷるぷると震えさせながら指をさす、マンガみたいなリアクションをする私。


「あ、あ、浅野夏輝……!」

「何でフルネーム?」


ふ、とおかしそうに笑いを漏らす彼は、相変わらず見惚れてしまうくらい魅力的だ。

でもそれは見た目だけ。今も何か魂胆があってここにいるに違いないんだから!


彼の隣から遠慮がちに顔を覗かせた女性客に、私は笑顔で包み終わった品物を渡す。

そして丁寧に頭を下げて彼女を見送ると、笑顔を一変させてキッと浅野さんを睨みつける。


「何のご用ですか」

「それはもちろん、君に会いたくて」


……今日は甘い言葉には惑わされないわよ。

じとっとしたままの顔を崩さずにいると、浅野さんはクスッと笑って言う。


「お察しの通り、それだけじゃなくてマシロの様子を見にね」


やっぱりね。と小さなため息を吐き出すと、彼が突然しゃがみ込んだため、私は驚いてカウンターに身を乗り出した。

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