まだ、心の準備できてません！

彼の様子を窺うと、どうやらレジ前の棚の一番下の段に手を伸ばし、指でそこをなぞっているようだ。

突然何をし出したのだろうと、奇妙なものを見る目で見ていると、立ち上がった彼が棚をなぞった指の腹を見せてきた。その長い人差し指は灰色に汚れている。

あれ、なんかコレどこかで見たぞ。と一瞬思った私の脳裏には、すぐに姑にいじめられるお嫁さんの図が過ぎり、口の端を引きつらせた。


「棚自体も汚れが目立つし、こんなにホコリが溜まっている店で、売上が落ちない方が珍しい。というより、よく客が来るな。商売の基本は“掃除”だとよく言うだろう。これが出来ていないんだから、綺麗で清潔なトワルに客が流れるのも当たり前。衛生面が重要なのは飲食店だけじゃないんだ」


無表情でズバズバと指摘する彼に、私は“しまった……”と心の中で嘆いていた。

品出しや棚卸しをする時に気になれば拭いているけれど、隅々まで掃除するのは年数回。その大掃除の時でいいやと、つい放置してしまっていた。

しかも十数年変えていない棚は、いくら拭いても取れない汚れがついてしまっている。

衛生面の指摘についてはたしかに反論出来ない……。

黙り込んでいる私に、浅野さんはずいっと汚れた人差し指を近付けて、さらに苦言を続ける。