まだ、心の準備できてません!
ぼっ、と火がついたように顔が熱くなるものの、背筋には悪寒が走る。


「っ、はぁぁぁ!? や、やめてくださいよ!!」


何言ってんの、この人! 抱かれた覚えなんかないっつーの!

……あ、いや、記憶はなくしちゃってるけど、絶対そんな過ちは犯していないんだから!

犯して……ない、よね?


考えているうちに、だんだん自信がなくなってくる。浅野さんがあまりにも自信満々に言うから……。

記憶がないおかげで、最悪の可能性が百パーセントないとは言い切れない。

しかも、それを陽介に言うって何で? たとえ嘘でも知られたくないのに!


頭を抱えて憂悶とする私に、彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言う。


「講師の件、考えといてくれる?」

「……はぁ……」


ため息なのか、了解の返事なのかわからない、曖昧な声を漏らす。

あの時のことをネタにしてゆすってくるとは思わなかったわ……。


「浅野さんって、ほんと性格悪いですね……」

「ん? 何で“浅野さん”なの?」


ぼそっと呟いた言葉に、キョトンとする彼。

“性格悪い”っていう嫌味より呼び方に引っ掛かるんだ、と内心ツッコミを入れて半笑いする。

そういえば、彼の前で名字で呼んだのは初めてか。

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