まだ、心の準備できてません!
「……そんなこと言っても無駄ですよ。私テレビに映るとか、そういうの苦手だから」


あぁ、よかった。阿部さんは惑わされないみたい!

いいぞいいぞ阿部さん!と、心の中で拍手を送った……のもつかの間。

王子は腹黒さを感じさせないキラキラとした笑みを浮かべて、口を開く。


「どうしてですか? 女優顔負けの美貌をお持ちなのに、もったいない。あなた目当てで店に来るお客さんも絶対に増えますよ。僕が保証します」


また出たよ、好青年ぶった“僕”!

しかも、女なら言われて悪い気はしない文句のオンパレード。

これにはさすがの阿部さんも怯むんじゃ……?


ぽかんとして目を瞬かせている彼女に、浅野さんはさらに近付く。

そして、長い黒髪を結んでいる紅色のシュシュに、触れるか触れないかくらいの微妙なところまで手を伸ばし、それを指差した。


「髪、下ろした姿も素敵なんでしょうね。テレビに映る際は、ぜひ」


とびきり甘い笑みを見せて囁く彼に、阿部さんは目を開いて固まったまま。

すると、浅野さんの瞳が、ふたりを静観することしか出来なかった私に急に向けられた。

ドキッとして身構えると、彼はおもむろにビジネスバッグから何かを取り出す。

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