まだ、心の準備できてません!
「わかってるよ。俺が彼女に手を出すと思ってるんだろ? あいにく俺はこれから外で用があるから安心して。というか……」


話しながらさらに迫ってきた彼は、私の数十センチ手前でぴたりと足を止める。

そして、若干意地の悪い、けれど妖艶な笑みを私に向けながらこう言った。


「俺にしか見せない美玲の可愛い顔は、もうたくさん見てるから」


私と陽介は、ふたりしてカチッと硬直する。

こ、この腹黒男……意味深なこと言わないでよ! 私とあなたがますます親密な仲だと思われるじゃない!

案の定、陽介は目を見開いて、「はぁ!?」と叫んだ。


「じゃあ、仲良く講習頑張って」


唖然とする私達を素知らぬふりで、浅野さんは口元にだけ笑みを浮かべて嫌味っぽく言った。

そのまま一歩踏み出し、私の横を通り過ぎようとした時、彼はちらりと私を見下ろす。

視線が絡みあった瞬間、口元に浮かべていた笑みがスッと消え、今まで見たどれとも違う表情に変化した。

その一瞬の表情にはっとさせられたものの、彼はすぐに私から顔を背けるようにして去っていく。

その背中を、私は振り返ってじっと見つめてしまった。

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