まだ、心の準備できてません!
その言葉は、嬉しくもあり、胸にずしりと響くような重量感を持っていた。

これから俺がやろうとしていることは、決していい方法ではないかもしれない。

でも、これだけは断言する。

美玲ちゃんを、彼女の大切な人達を、悲しませるようなことはしないと──。



真白さんに促され、家に上がらせてもらうと、二階にあるという美玲ちゃんの部屋に向かった。

きちんと片付いている、女の子らしいナチュラルテイストの部屋。その窓際に置かれた、月明かりに照らされる小さなベッドに、彼女を静かに横たわらせる。


「……ど、して……」


ふいに、か細い声が桜色の唇から漏れ聞こえ、枕元の方に目をやった。その綺麗な顔は、ほんの少し苦しげに歪められている。

“どうして”……と言ったよな? またあの元カレのことでも思い出しているのだろうか。


そう考えると、胸の奥にザワザワとした不快なモノが疼き始める。

まだそんな男に囚われているのか……もう他の男に目を向けろよ。

黒い感情が胸に広がり始めたその時、彼女の唇が再び動いた。


「な、つき、しゃん……」


──え?

たどたどしくこぼれた、思いもよらない名前。

ただぽかんとする俺は、アホ面になっているに違いない。

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