まだ、心の準備できてません!
胸を押さえ、必死で気持ちを落ち着かせる。

そして背筋を伸ばすと、平静を装って口を開いた。


「浅野さん、あの向日葵、ありがとうございました」


静かな事務所内に響いたのは私の声だけで、後に続く声は何も聞こえない。

不思議に思ってソファーを見やると、彼は腕を組んだまま下を向いている。


「浅野さん?」


もう一度声を掛けても、何の反応もない。

もしや、と思いながら腰を上げ、そろりそろりとソファーに近付く。

顔を覗き込むように見ると、彼は瞳を閉じ、すーすーと気持ち良さそうな寝息を立てていた。


「……寝てる」


こんなにすぐ寝ちゃうなんて、本当に疲れてるんだなぁ。出張って言っていたっけ。どこに行っていたんだろう。

そんなことを思いながら、普段は決して見ることがない、無防備な寝顔につい見入ってしまう。

伏せられた睫毛が長くて、鼻筋もスッと通っていて、絵に描いたように綺麗。


しばらくぼうっと観察していて、はっとした。

何まじまじと見つめちゃってんの、私。早くこの人を追い出して、仕事再開させないと!

再開させないと……いけないのに。

どうして私は、この腹黒王子にコートを掛けてあげようとしているわけ?

このままにして風邪をひこうが、私には関係ないことなのに!

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