まだ、心の準備できてません!
無意識のうちに両手に持っていたコートをどうしようか迷い、とりあえず掛けとけ!と浅野さんの肩辺りに両手を伸ばした、その時。

ぱち、とうっすら彼の瞼が開いた。

ギクッとしたものの咄嗟には動けず、身を屈めたまま固まる。

眠そうに瞬きをして顔を上げる彼と、視線が絡まった。


「ん……俺、寝てた?」

「……はい」


とろんとした寝ぼけ眼で、ちょっぴり可愛らしい浅野さんに、クスッと笑いそうになった。

けれど、コートを持って構える私の姿をじっと見つめる彼に気付いて、はっとする。


「あ、えっと、このままじゃ風邪ひくかもと──っ!?」


言い終わらないうちに、突然手を引っ張られて声が詰まる。

身体がバランスを崩した一瞬、何が起こったのかわからなかった。


背中に回される腕。一層強く感じる、煙草の匂い。

心臓がギュッと掴まれたみたいに苦しくて、息が出来ないし、動けない。

──私は、コートごと彼に抱きしめられていた。


「これ、掛けようとしてくれてたんだ?」


甘さを含んだ低い声が耳元で響く。

ようやく頭の中で危険信号が点滅し、私は彼の腕から逃れようともがき始める。


「ちょっ、離してください!」

「優しいな、美玲」

「そんなんじゃ……!」

「俺のこと、嫌いなくせに」

< 236 / 325 >

この作品をシェア

pagetop