まだ、心の準備できてません!
これ以上下がったら落ちてしまう、崖のふちに立たされたような気分でいると、浅野さんはひとつ呆れたようなため息を吐く。


「美玲も聞いてたのか。厄介な……あれは誤解だ」

「誤解?」

「俺と三木は仕事仲間以上の関係はないよ。信頼出来る子だから、俺の仕事のことを話したり協力してもらったりはしてたが、それだけだ」


気だるそうに口にされた彼の言葉が、さっき聞いた『信頼はされているけど、それだけです』という、三木さんの言葉と被る。

……本当に? 本当に、男女の関係ではないの?

だって、あの時たしかに言っていたじゃない。


「でも、三木さんは特別だって……!」

「それは人違い。それに、特別って言っただけで、好きだなんて言ってない」

「そんなの、信じられな──っ」


一気に距離を縮めた彼が、私の腕を掴み、胸に引き寄せた。

崖っぷちに追い詰められた私に、“もう逃げられない”と言うように、きつく抱きしめる。そして。


「信じろ。……俺が愛してるのは、美玲だけだ」



──鼓膜を揺する甘い囁きに、呼吸が止まる。

瞬きすらも忘れて、彼の肩越しに舞う白い結晶をただ目に映す。

この瞬間に、ブレーキは壊れて。

私を躊躇わせていたモノが、地面に落ちる雪のように消えてしまった。

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