まだ、心の準備できてません!

その日の午後、事務所の入口付近で、段ボールの中から商品を取り出して陳列している時のこと。


「すみません」


背後から男性の低い声がして、お客さんが来ていたことに気付いた。

出入口のドアはいつも開けっ放しにしているから、人が来ても気付かないことがしばしば。ここからは死角になっていて入口も見えないし。


「はい、いらっしゃいませ」


慌てて振り向くと、黒光りした革靴と、ダークグレーのスラックスが目に入る。

しゃがんでいた私は、そのまま目線を持ち上げた。


腕まくりした白いワイシャツに、涼しげなブルーのネクタイが揺れる。

シャープな顎、甘めの目鼻立ちだけど、キリッとした眉が男らしい整った顔。ビジネスマンらしい黒のショートヘア……。

マシロではあまりお目にかかることがない、大人の色気が漂うイケメンが私を見下ろしていた。


素直に“カッコいい”と思い、彼を見上げたまま固まる。


「包装してもらいたいものがあるんですが、お願い出来ますか?」


微笑みを携えて言う彼にはっとして、手にしていた紙皿を段ボールに放り込んで立ち上がる。


「あ、は、はい! どうぞこちらへ」


どぎまぎしながら、男性をレジの方へ促す。

そばにいた浜名さんも、ぽーっとした表情で彼を凝視していた。

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