ひと夏の救い
「Yes?orNo?」
「…善処しよう」
「ま、良いでしょう。期待はしてなかったので」
「荒峰が授業中に寝なければいいんじゃないか?」
「それは無理よ、だって」
私、夜は寝れないんだもの。
そう素直に答えそうになって、
すぐにぐっと息を詰めて自分の口を黙らせた。
何を言おうとしているのよ。
そんなこと言って余計な心配されたら溜まったものじゃないわ!
それよりもっと嫌なのは、自分の弱音を晒すこと。
『ビリリリッ!』
『やめ…!なんで、こんなこと…』
『あんたが先に大事なもの取ったんだから!あたりまえでしょ!』
『でも、わたしの宝物』
『サキののほうが大事だったの!だからあんたが悪いの!』『いっつもかわいこぶってさ!』『じごうじとくだっつーの!』
『でも『ビリリ!』…あ!』
『言い訳すんじゃねーよ!ブス!』
『やめて!その楽譜は破らないで!』『ドン!!』『きゃあ!!…うわあああん!』『あ…』『あ!アキラがサキ突き飛ばした!先生ぇー!!』
他人に知られたらいけないのよ。
絶対に弱いところなんて知られてはだめ。『格好の的』なんだから。
『この事はご両親に話しますからね?お友達を突き飛ばしちゃだめなの、分かるよね?』
『…はい、でも先生』
『ちょっと尻もちついただけだから良かったけど、危ない時は病院に行くこともあるんだから!
みんなで仲良くしなきゃだめだよ?暴力はだめ!』
『………』
『荒峰さん、わかった?』
『…はい』
先生なんてそんなものなのよ。
人の話はろくに聞かないくせに、
被害者の話ばかり聞いてそれだけで事態を把握した気になって説教する。
友達なんてもっと薄っぺらい。
人を攻撃する人が上に立つ。弱い人はその強い人間に逆らわないように同調する。
それだけの関係。友情なんて、ばかみたい。
なんだか、妙に目が冴えた。
「授業が退屈すぎるの」
「……面目無い」
「ほら、先生の精神をえぐるのはもう十分だろう」
「…フン」
「なんだ、随分と仲がいいんだな」
「な!?どこが!?」
「教師の間でも荒峰の扱いづらさは評判だからな。
授業はほぼ全教科寝るし、叱ってみても堪える様子がないしで、
担任の藤本先生は君の話をする時いつも青筋をたてている」
「さすがオニババね」
「オニババ?ふっ…くくっ、そんなふうに、思ってたのか?」
「な、なんて事を、先生に対して」
「ガミガミうるさいし、名前を覚えてないから、本人の特徴を分かりやすくまとめてお呼びしているまでよ」
「しっくりきすぎて…ははは」
「え…先生が笑っていいんですかそこ」
「いや、ついな。ごほん、えっと、流石に俺の事はそんなふうに呼んでないよな」
「ええ、さっきまで『冷血教師』でしたけど、
いまは『他称冷血教師』です」
「あはははは!」
「先生、声が大きいですよ!」
夜の誰もいない図書館に突然の先生の笑い声は余りに場違いだった。
東雲君が先生に静かにするよう慌てて人差し指を唇に当てる格好をしてしぃしぃ言ってる。