ひと夏の救い


「俺ら逃げ回って校庭まで出たんだけどさ、校庭にもあるじゃんか、七不思議!あの〜、ずっと走ってるやつ!」
「覚えてないの?もうまこっちゃんてばしょうがないなぁ。ていうか校庭の七不思議は無いよ。校庭まで行ったのは事実だけど、そこで自主練してる樋山に会ったんだよ。陸上部の」
「ああ…確か、選抜で落ちたと聞いたが」
「だからその次の大会には出たいって、顧問に無理言って頼んだらしいよ。張り切って真っ暗な校庭走り回ってるから最初見た時正直…ちょっとおばけかと思った…」
「くすっ」

最後の台詞の声が小さめになっていて、なんだかその情けなさが面白く思えて笑ってしまった。
それに顔をむくれさせた澄晴が悔しそうに見て言う。

「ちょ、アッキーなに笑ってんの!実際見たら誰だって絶対腰抜かしてるかんね!ひゃくぱー!」
「あら、奈良坂君も腰を抜かしたの?」
「…僕は、誰かいるね…って、言っただけ…」
「み、みさっちは例外!」
「木下君は?」
「…すぐ樋山だって気付いて仲良く特訓に参加しだしてた」
「なんだ、澄晴だけじゃない」
「う、うぅぅ…」

悔しそうに恥ずかしそうに唸っている澄晴にまた笑いが込み上げてきそうになったけれど、
そろそろ勘弁してあげようっていう気持ちが出てきたのと
…それから途中から私たちの会話を横から見ていた東雲君の(私的に座りが悪い)視線に気付いて
慌てて咳払いで誤魔化しつつ引っ込めた。

生ぬるい視線を止めていつも通りの鋭い無表情になった東雲君が口を開いた。

「とりあえず、みんな無事で良かった。怪我は?」
「俺とみさっちはだいじょぶだけど、まこっちゃんがちょっと」
「転けた!」

ニカッと笑って自分の膝を見せてくる木下君。
そこは確かにグラウンドで転んだのか泥が着いて汚れてて、
あと少し血が滲んでしまっていた。

ちょっと痛そう…

「ああ、じゃあ先に汚れ流して消毒しないとな。とりあえずここを出よう」
「木下、怪我したのか。なんなら保健室開けてもいいが」
「そこまでじゃないよせんせ。まこっちゃんが転んでかすり傷作るのなんていつもの事だし!」
「だから俺も一応、いつも絆創膏は持ち歩いているんです」
「そ、そうか。本当に良くあることみたいだな。大したことないなら良い。…先生も、やることは終わったから、一緒に出たら図書室閉めるぞ」
「せんせのやる事って?」
「それは、…東雲達に聞け。しかし、くれぐれも他の生徒や先生方には拡げないでくれよ」

まあ、もし全校生徒にまで広まってしまったら威厳も立場もなくなるものね。
こころなしか先生の額に冷や汗が伝っている気がする。
背の関係で逆光になってしまっているからはっきりは見えないけれど。

東雲君も私と同じように考えたのか、心得たというようにわかりましたと言って頷いていた。

「誠と澄晴と岬に。さっきの話は今いる人だけで他に言いふらしたりはしません」
「なんのことだよ穂積!気になる言い方するなぁ」
「ああ、頼んだぞ」

くれぐれもな、と図書室の鍵を閉める時に念を入れるようにもう一度私たちに向かってそう言い含めてから、
先生は出来るだけ早く帰るようにと言い残して帰って行った。

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