ひと夏の救い

見えずらい訳が無い分かれ道になる廊下の壁から天井にかけて今まで見た事がないほど大きな赤い?文字?で『✕』と書かれていた。よく見るとそのペンキのようにベトベトしたものは天井にまで渡っているせいでポタポタと床に滴ってしまっている。

これまでと比にならないくらいの量のそれは、見ようによっては猟奇的な事件でもあったのかとでも捉えられるほどのものだったが、彼らはもはや驚きもしなかった。

流石に見慣れてしまったのだ。…見つけた瞬間、反射的に女子の手をきゅっと握り直してこめかみに冷や汗を滲ませ壊れた洗濯機の様に上下運動しだしたへっぴり腰君が若干1名いるけれど、その女子である私は仕方ないから同じくらいの力を返してあげて、他の3人は興味が『✕』にしか無いようで揃って見ていたからこちらに気づいてる様子はなかった。

「また出たな」
「でもいつもと違うぞ!ずっと矢印だったのにこれだけ!」
「ん…何か、伝えようとしてる…」
「え?何を?」
「さあ…そんな気がする、だけ」
「何かを伝えたいんだとしたら、これはどういう意味なんだ?この形で真っ先に浮かぶのはバツか、かけ算の記号か、英語のエックスかだが」
「単純に、もうこれ以上詮索するな諦めろっていう意味なんじゃない?だとしたらとっても親切な幽霊じゃないの、そのご厚意に預かってさっさと…」
「よし、この先行ってみようぜ!」

この時ばかりは信じていない幽霊の仕業に乗っかって切り上げさせようと思ったのに、またこのおバカは一体何を考えているのかしらね?…何も考えてないか。

話を遮られて片目がひくりと動いたけれど、名案と言わんばかりの笑顔で人差し指を廊下の先に向けた木下君は気付きそうもない。その後に続く東雲君の言葉に期待はしていないまでもまさか絶望させられるだなんて…

「どうせどこに行くかも決めて無かったし、丁度いいかもな」

ああぁ〜!もう、何なのこの人たち!なんでこんな面倒くさそうな事を進んでできるの??どう考えても何も無いじゃない!今まで見てきたもの全部大したこと無かったし!第一…

ちらっと気取られない程度にまだ震えがおさまらず歪んだ不格好な笑顔で固まっている澄晴をみる。

…やっぱり早く終わらせないと。

そう気持ち新たに口を開こうとしたのだけれど、こと一瞬の内に行く方向やらタイムリミット(本当にゲーム感覚ね…)を決めてさっさと歩き出してしまい、それに釣られて動いた澄晴と手を繋いだままの私も必然的に連れられてしまった。

隙を見て何とかもっと早く終わらせる方向性に誘導しないと。

そう思いながら着いていった。

この時自分では気づかなかっけれど、澄晴の震えを止めるための行動は全く面倒くさいとは思わなかった。


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