ひと夏の救い
振り返った影の顔は暗すぎてよく見えない。けれど、私から見てとても大きな身体をしていて、ピチピチの半袖とズボンを履いている男の人だというのは分かった。
私はそれを見た瞬間とんでもない恐怖に襲われた。
心臓が凍傷にでもなったかのように痛い。その男は知らない人間だった。学校の生徒でも、ましてや先生でもない。『見たことがない人』。
いくら私が人を避けて覚えないようにしていると言っても、こんな特徴的な人を忘れるはずがないもの。それより____
「明ちゃん、だよね?」
「ヒッ」
息が詰まった。
どうして、私の名前を知っているの?
私はあなたを知らない。確かに面識はないはずよ。
そう問い返したかったけれど、浅くなっていく呼吸の中手に持っていた靴に縋るしか無くて握りしめた。
その人も息苦しそうな呼吸をしているけれど、それは今だからとかいうのでは無くて平常なのだろうと思った。
呼吸音の正体はこれだ。
「まさか本物に会えるとはなぁ」
ノシ、と落としそうな足取りでこちらにやって来る。その声は苦しそうだが、弾んでいるのが分かった。
知らない人、それだけでも怪しい人物と取るのは十分だけれど、それ以上に私は目が離せないものがあった。
あれ、は…
男の脇の方に見える布袋、とても見覚えのある物だった。
それは、
「私の…体操着」
消え入るような呟きだったけれど、相手には聞こえたらしい。
「ああ、これ?明ちゃんのでしょ?」
「…」
「良かった、間違えてなかったんだ!だってさ…」
悪びれる様子もなく、むしろ安心した様子を見せる不審者に意味が分からなくなった。人は、理解が及ばないものや未知のモノに遭遇した時、本能的に拒絶する。
この人、なんか、嫌だ。
不審者が嬉しそうに続けた。
「いつも、このロッカーだったもんね」