ひと夏の救い

教室に引きずり込まれてまず懐中電灯を取り上げられた。
誰かが光に気づいて様子を見に来たり、鈍器のように私に使われるのを防ぐためだろう。

どうしよう、どうすれば、…私はどうなってしまうの?

混乱と恐怖で心臓が大きく脈打っているのが分かる。
冷や汗が首を伝い、それに肌が粟立った。
口は塞がれたままで、頭上から息の上がった音がするのが余計に恐ろしくて、身体が固くなったまま指先1本動かせない。

背後から覆い被さる形は相対した先程以上の圧迫感を与え、背中に当たる人肌がどうしようもなく気持ち悪い。いっそ吐き気がしそうな程に。

「つ、つい舞い上がっちゃって連れてきたけど、へへ、何かお話する?あ、そうだ。僕ずっと君に怒りたいことがあったんだよお。やけに君に近づく馬鹿な男が何人かいるでしょ?だめだよ。『君は僕のなのに』、そんな何処の馬の骨ともしれないガキに近寄らせちゃあ。王子四人衆だっけ?ヘンテコな名前付けられて調子乗りやがってあの糞ガキ共。君の周りをうろちょろしやがって、本当に目障りだよね。君もそう思ってるのは分かってるよ!僕は君のことなら何でも知ってるからね。でも君ってば氷姫って呼ばれて冷たい印象だったから余計な虫が近寄りづらかったのに、優しいからあんなガキ共も付け上がってベタベタくっ付いちゃってさ。そんな所は僕だけが知っていれば良いんだよ?あんな奴らに優しくしちゃって、もう本当に君は…優しくて可愛くてお人形さんみたいで、ああ、『今まで見てきた中で』最高の子だよ!うへ、へへへ」

楽しそうに時に苛立たしげに話す男の話の内容に鳥肌が立つのを止められない。
話しながら無意識か身体を揺らしたり、さり気なく手の甲を撫でてくるそのおぞましさたるや。
途中から正気を取り戻し、必死で振りほどこうと動きまくっているのにビクともしない。涙が出てしまいそうになって、ぐっと歯を食いしばって耐える。

今泣いた所で誰も助けてくれないわ。
もし気づかれたりしたら更にこの男が調子付くかも知れないから…ああもう!考えるだけで腹立たしい!

そうよ、今まで私はずっと1人だったし、今もそう。だから、自分で何とかしてきた。ほとんどは相手の求めるように、従順にしていればいい。抜きんでた実力があれば遠巻きにされるし、突き放すのも簡単だもの。だから…突き放される心配だって無くなる。自分だけで何とかなってきた。同じようにするだけだわ。

待ってても誰も助けてくれないなら、やるしかないの。

暴れてお下げの髪型も崩れたけれど、気にせず身体の力を抜く。
ずっと楽しげに何やら私の事をどれだけ知っているかと話していた男も、そんな私に気付いて話を止め、怪訝そうに名前を呼ぶ。

心の中で覚悟を決めて、ゆっくりと男の手に自分の手を乗せた。



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