ひと夏の救い
お母さんは今日たまたま早く帰れたのに、家に人の気配が無くて私の部屋を除くと私はいなかった。
これまで何も言わずに家を出るなんてした事が無かったからどこに行ったのか検討がつかなかったけれど、取り敢えず学校に聞いてもう少し連絡が遅かったら警察に届け出る気でいたとの事。
「明…」
肩に手を置いて目を合わせられる。真剣な表情に今度こそ叱られるか、即お仕置行きか、それとも…と恐い話を受け入れる覚悟で身体を強ばらせた。
「ごめんなさい」
え…?
思っていたことと違う言葉が飛び出て思わずポカンと呆けてしまう。
「なんで、お母さんが謝るの?」
「私…お母さん、貴方が帰ったはずの時間に家にいないことを知って驚いて、怒ってしまいそうになったけれど、それから貴方はどこにいるのかしらと思っても、思い当たる場所なんてひとつも無くて、貴方のことを何も知らないって初めて気付いたのよ。
もしどこかで危ない目にあっていたら、拐われていたりしたらって考え出したら、とても恐ろしくなったわ。
これまで貴方のことを、何も知らなくて、仕事が忙しいからと優しい貴方に苦しい思いをさせたわよね。ごめんなさい…。
今更かも知れないけれど、まだまだ謝りたいことは沢山あるし、貴方の話も聞かせて欲しいの。
今は色々と混乱しているでしょうし、疲れたでしょう?
いつでもいいから、お母さんとまた、話をしてくれる?」
「…」
「やっぱり駄目かしら…」
「ううん…いいよ」
「っ…明」
「わ、私だって…言えなかった事いっぱいあるし、聞きたいことだって沢山あるわ!でも、お仕事忙しいのは分かってるもの…だから、お母さんが大丈夫な日でいい」
「…明日だわ」
「え?でも明日はお仕事ってカレンダーに」
「良いのよ。有給休暇を消費しないといけないし、娘より優先する程の案件では無いわ。引き継ぎだけすれば問題ない程度のものよ。さ、そうと決まれば早く帰って休みましょう。明日は怪我をしたのだから貴方も安静にするのよ。
よろしいですわね?先生」
「ええ、明日はゆっくり休んでください。荒峰さん」
「行きましょうか、立てる?」
「うん…あっ」
「痛いならうんと言わない。…ほら」
「へ」
お母さんが私の目の前で背中を向けてしゃがんだ。言わずもがなおんぶのポーズである。こんなの何年ぶりだろう。
人がいる手前恥ずかしくもあったけれど、足首は痛いし、その格好の懐かしさにミジンコくらいちょこっと嬉しく思ったので、おずおずとだけれど手を交差させて背中に乗っかった。
私とお母さんのやり取りの間ずっと黙っていた澄晴と目が合って恥ずかしかったけれど、笑顔に口パクで『またね』と手を振られたから、小さく振り返した。