ひと夏の救い

とりあえず矢印の事は放って置いて、
ビクビク体を跳ねさせる澄晴を
東雲君が引きづって四階に上がった。

懐中電灯を
真っ暗な教室の中へ向けて覗いたり
自分の顎を照らすようにして遊びながら
木下君がまた先頭を行く。

その次に奈良坂君、私、東雲君、澄晴の順。

廊下の端っこに位置する音楽室は
まだ暗い廊下の奥で、
真っ暗な廊下の突き当たりが見えないから
先がどこまでも続いているように感じる。

そういえば、と木下君が振り返った。

「荒峰は、どうしてメガネ掛けてるんだ?」
「…どういう意味よ」
「どうしてって、
俺と同じで目が悪いからじゃないのか?」
「だって荒峰は目悪くないだろ。
前に俺が目が合ったと思って
校庭から手を振った時、
嫌そうな顔してすぐ顔背けられたしな」
「それ、メガネかけてたから…じゃないの?」
「いや、なんでか分かんないけど
メガネのフレームが落ちてたのも見えた。
間違いなく裸眼だったぞ!」
「誠、目がすこぶる良いからな。
多分思い違いでも無い。
ふむ、だとすると確かに疑問だな」

不思議そうな視線を一身に感じる。


そんなこともあったかもしれないわね。
たしか、
私に突っかかってくる女豹達が
私を突き飛ばした拍子に落ちた眼鏡を
踏みつけたんだったかしら?


その日は一日困ったものだわ。



眼鏡は、
私にとって、
『絶対に必要な物』
だから




でも、だからといって
何も話す訳にはいかない。


「ただの…ファッションよ」





どうせ、

あなた達も

私から離れていくんだから

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