ひと夏の救い
さっきとは口を塞ぐ側が反転している私達。
奈良坂君の眼はさっきみたいに
面白そうな目で私の動揺を眺めてる。
いきなり動き出した私と
この状況に着いていけなくて驚いた空気を
澄晴から感じたけれど、
今はそれに構っている余裕はないの!
「むぐむぐ、むぐぅ」
でも奈良坂君は
私に口を塞がれているにもかかわらず
余裕な表情(というかいつものように眠たげな顔)を
してのんきに篭った声で遊んでいた。
その時に伝わってくる息が
掌に当たってくすぐったかったけれど、
そんな事よりむかぁっと怒りが湧いてくる。
私は怒ってるのよ?
なのに遊び出すなんて
思いやりの欠けらも無いわ!
なんて人なの!?
憤慨していたそのとき、
突然、
生暖かくて柔らかい、
心無しかぬめりもあるような
感触が手の平に伝わった。
「へ…」
瞬時に私の顔は真っ赤に染まった。
勘違いかと思った、
ていうか思いたかったけれど、
その後も何度もその感触を
手の平に感じるから思わず手を
バッと反射の勢いで離してしまった。
「な…なっ……!」
何か言ってやらないとと思っているのに、
私の口はぱくぱくと開閉するだけで
言葉になってくれない。
奈良坂君は暑さのせいか
出来物なんてない綺麗な頬を
薄紅色に染めて、
悪戯そうに細めた瞳で私を見つめた。
「たくさん告白されているみたいだし
こういう事にも慣れてるのかなって思ってたけど、
やっぱり意外と可愛いんだね、荒峰さん」
慣れ…るわけないでしょ!ばかなの!?
もしたくさんの人と付き合っているような
経験豊富な人でも今の私がされたみたいな
あんなっ…あんな事に慣れている人は絶対に
多くないと断言出来るわ!
それにかわ、かわいい、とか!
あなたは性格だけじゃなくて
眼もおかしいみたいねっ!?
一度病院で検査を受けることを強く!お勧めするわ!!
なんて頭の中では滔々と
言葉を並べているのに、
実際の私の口からは「あぅ…」とか「…なっ」とか
変な言葉しか出てきてくれない。
為す術の無さにさらに頭が混乱していると、
いきなり、
背後から凄い威圧感のようなものを感じた。