ひと夏の救い
かと思えば、
それもすぐに引いていって、
澄晴の若干大きく聞こえるため息が
僅かに私の背にかかった。

一瞬のそれで何となく冷静になった
私の心からすっと
怒りと恥辱が薄れていく。

さっきの威圧感は勘違い、かしら

よく分からないけれど、
冷静な考えでさっきの良からぬ出来事も
全部全部無かったことにすることにしたので、
割り切ってからどっと思い出す
疲れに今度は私がため息をついた。

…心の中でね。はああぁ。

今日の奈良坂君は本当におかしいわ。
いえ、いつも可笑しいけれど、
いつも以上に質が悪い方面でおかしいのよ!

さっきの私の失態で目を付けられたようだけれど、
…ああもう!忘れるって決めたんだから!
早くあの屈辱的な出来事を忘れるのよ!明!

ぐぬぬと心の中で唸っていると、
背後ですっと立ち上がった気配がした。

「もう通り過ぎたみたいだし、
早く次に行こう。
ほらまこっちゃん!次はトイレにしよう。
2階下りて渡り廊下渡ったらすぐだから!」

追い立てるように
まだ東雲君に話しかけていた
木下君に声をかける澄晴。

それを聞いた木下君は
素直に頷き、笑顔で「おうっ」と返事をした。

東雲君も
そろそろ大丈夫だろう
といって腰をあげた。

ちらりと見た奈良坂君は、
何故かまだ私の事をじっと見ていて
それに少したじろいでしまったけれど、
すぐにふいっと木下君達の方を見て立ち上がった。

なんか…私、奈良坂君は苦手かも

どんな人にだって舐められないように
意地を通してきたつもりだったけれど、
初めて何を考えているのか全く分からない人に出会った。

それがすこし、怖い。

ううん、そんな事ない!
何も怖くなんて無いわ。
だって私は天才だもの。

一つ誰にもバレないように小さく深呼吸して、
皆にならって私も、
重く感じる体を起こして立ち上がった。



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