ひと夏の救い
ジャーンジャジャン!!
キーン!
ああ、また変な音が…
ただでさえうるさかったやかましい音が
近づく度に頭に響いておかしくなりそう。
床まで振動が伝わっているのか
ズンと足から重さを感じて、
空気まで震えて伝わってくる。
音は多分、本当に
ほんっっっっとうに信じたくないけれど、
ピアノを弾いている音、
だと、思うわ。
酷すぎて酷すぎて
曲なのかどうかすら分からないし、
四歳からピアノを嗜んでいる私は
憤りすら感じる程にめちゃくちゃだけれど!
どうしたら
一人ピアノでオーケストラしている厚みを
出せるのよ!
音楽室前まで来た。
東雲君が目配せして来て、
多分「開けるぞ」って口が動いたから
またそれに頷く。
そっと手を当てていたけれど、
横に引けば簡単にドアは開いた。
壁一枚越しに鳴っていた酷いピアノの音が、
何も隔てなくなったせいで
酷すぎる音になって私の脳を揺らす。
更に耳に強く手を押し付けながら、
ドアを開けた瞬間目に入った、
ピアノの位置の関係で私達に
背を見せた髪の短い人間に、
我慢ならなくて走って行って肩を鷲掴んだ。
澄晴が。
びっくぅという音でもしそうな程に
肩を跳ねさせて鍵盤から弾かれたように
手を離した酷い音の犯人は、
触れるって事はやっぱり人間だったみたい。
恐る恐るといったふうに肩を掴んできた
澄晴の存在を目で捉えたその子は、
丸い目を更に大きく丸にして驚いた声をあげた。
「お、おうじぃい!?」
髪が短くて私服だから判別がつかなかったけれど、
高い声から察するに女の子だったみたいね。
それに澄晴を見て『王子』と呼ぶということは、
当たり前といえば当たり前だけれど
この学校の生徒でもあるようだわ。
驚いた女の子は大袈裟にも椅子からひっくりかえって
床に尻もちをついた。
「き、君、さぁ…」
青筋を立てた澄晴が怒りを抑えようと
歯を食いしばりながら
引き攣った怖い笑顔で女の子に話し掛ける。
「ピアノ、習ってるの…?」
おおおうじぃぃい?!
と澄晴に指さして震えていた
その女の子は、
澄晴のその言葉にピクっと反応して、
叱られるのを待つ子供のような顔をして
床に視線を落とした。
「し、してない、けど…」
その言葉に
でしょうね、と全員がただ納得したけれど
澄晴は少し違った。
「うん、だろうねぇ」
いつもの軽薄な笑顔のはずなのに、
背後に暗黒のオーラが見えた。
気がした。