ひと夏の救い

「あたしと友達になってください!!」

運動神経が良い人は肺まで鍛えられているのか、
耳の奥がキーンとなるくらいの大声を
目の前で出されて、
思わず耳を塞いぐ為に掌を耳に押し付けた。

大声ってだけでも勘弁して欲しいのに、
言っている言葉が意味不明。

更に、
ビシッとした動きで腰を曲げたと同時に、
素早く手を差し出された。

なにが、起こっているのかしら。

耳を押さえながら、
混乱の中で頭を巡らせる。

今私は、
『王子四人衆』とやらの話を聞こうと思った。

松井さんはそれに対して答えるどころか、
これまでの話の流れからしておかしい、
珍妙な方向に話を進めた。

しかも、この私と、友達になりたいだなんて。

目の前ではぎゅっと目を瞑った松井さんが、
伸ばした手とこわばった唇を震えさせている。

話の流れが読めない。

だって今までのどこにもそんなのに
関係のある話なんてなかった。

…すっごい、変な子だわ。

思わず白けた視線を松井さんに向ける。

そして背後の何処からか笑いをこらえているような
空気も感じるし。

誰かしらね。
東雲君は人を笑うような人じゃないし、
木下君がこの意味不明な状況で笑えるほど
この状況を理解しているとも思えない。

私だって分からないのだから。

まあ、消去法で澄晴か奈良坂君ね。

私も傍観者としてこの変な状況を笑う立場にいたかったわ。
…はぁ。

て、そんなことはどうでも良いのだけれど、
つい現実逃避してしまったわ。

放置したせいで目の前の松井さんの眦に涙が浮かんでいる。

泣かせたかった訳じゃない。
ただ、混乱していただけなのだけど。

混乱させられているのはこちらなのに、
変に罪悪感を感じさせられるのはおかしいと思う。

ため息をつきたい気持ちをこらえて、
差し出された手の先を
触ったか触っていないかってくらいで触れた。

…だってなんだか、このままじゃ泣きそうだったんだもの。

さっき友達になってくれと言われたことは覚えている。

感情の起伏が激しすぎてついていけないと思う。

それに付き合うこと自体が面倒くさい事だし。

友達って言う関係も、この上なく面倒くさい事。

でも、面倒くさいって分かっているし、
『学習してない』って事も頭では分かっているんだけど…

この犬みたいな考えていることがわかりやすい
女子の同級生に興味が湧いたの。

そう、決して突拍子もない
『友達になって』という打診に喜んだわけじゃないわよ。

あくまで、
『興味が湧いた』から。

もうちょっとくらい、
コロコロ変わる表情を見るのも
飽きないかなって。
そう思っただけ。






だから、

ぱあって、
夜なのに背後に明るい光を背負ったような
笑顔を見せられたって、

嬉しくないんだから。


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