ひと夏の救い
〜〜♪
即興でアレンジを加えた一曲が終わった。それから先はいつもの様に評論会に移る。
いわく
「この曲はブリッランテを大袈裟なくらいにした方がいいと思う」
「でも、この辺りはカランドを意識した方がよりブリッランテな部分が際立つわ」
「あ、そうかも。だったらさ、カランドにカルマートを合わせる感じにしたらもっと!」
「それだわ!さすがすーちゃん!」
これは一体何処のプロの会話なのかといったような言葉を連発する二人だが、どちらもそれが当たり前のようにつらつらとそんな事を話していく。
そこからまた会話は弾んでいっている間、少女の目の光が少しずつ濁っていくことに、楽しい話に夢中の少年は気が付かなかった。
「よし、じゃあこれでもう一回やろう」
「…」
「アキちゃん?」
「あ、ええ…始めましょう!」
「?…うん!」
声をかけた時上の空に見えた少女に少年は少し不思議に思ったが、直ぐに表情を変えた少女の顔に、気のせいだったのだろう、と気を取り直して椅子に腰掛けた。
ちらっと少女の視線が少年に向けられるが、少年は楽譜を立てかけている途中で気付かない。少女はまた直ぐに目を逸らすと、ちょうど準備が終わった少年が少女に微笑みかける。
「アキちゃん」
「うん」
すう…
静かに息を吸い、同時に滑らかに弾き始める。阿吽の呼吸で演奏は盛り上がり、鎮まり、また盛り上がる。
楽しい
確かに二人の間にはただそれだけの空気が漂っていた。
但し、二人のその感情の奥底が純粋なそれだけであるのか、はたまた複雑な何かを孕んでいるのかは、また別であったが。
ただ、この瞬間だけは邪魔されたくないと。そう思った。
「アキちゃん」
「えっ?」
思考に浸りそうになった時、少年の声が耳に届いた。演奏中は二人とも集中しているから、こんな事は今まで無かったのに。
少しびっくりして少女は少年の方を見た。演奏する手は双方止めていない。
「ぼく、アキちゃんと会えてよかった!」
いきなり、どうしてそう言おうと思ったのか、少年は分からない。ただ今言わなければいけないと思った。
少女はそれを聞いて一度俯いた。
その姿は、ピアノの演奏に耳を傾けているようにも見える。
演奏は先程話し合った部分に差し掛かっていた。二人は話し合った通りに演奏の魅力を上げる動きをしていく。
少女がゆっくりと顔を上げ、少年に顔を向けることはなく前を向いて満面の笑みを作った。
「わたしも!」
その顔は正面から見ることは出来なかったが、声は今まで聞いた中で一番明るいものだった。
それに嬉しくなった少年は、少女の頬に流れる涙は見ないふりをして、照れた笑いを零した。
そして、アキちゃんは少年の前から消えた。