ひと夏の救い

カチッ

例のトイレに向かって階段を降りている最中、
突然木下君が持っている懐中電灯の光を落とした。

それと同時に、
誰かがそれに驚いたのか、
バタバタと慌てた足音と、
ゴッと骨を硬い場所に打ち付けた鈍い音がした。

「いったぁ…ちょっ、な、まこっちゃん?
何してんの何してんの。
なんで電気消したの、
電池切れちゃったのかなぁ!??」
「澄晴、しぃー」

混乱からか煩く喚く澄晴に
原因の木下君が珍しく静かに宥めた。

澄晴は少し反応しすぎだと思うけれど、
一体木下君はどうしたのかしら。

なんの理由もなく変な事をする様な人…
では無いとは言いきれないけれど
ふざけているような声色には聞こえないし。

そう思って様子を伺ってみると、
口を開かず唇に人差し指を当てた木下君が、
じっと階段の下を睨んでいた。

木下君に言われて静かになった澄晴が、
見るからに暗い怖い暗い怖いって顔をしながら
かろうじて震えるだけにとどまっている。

暗いからとても見えにくいけれど、
その様子がなんだか哀れに思えてきたわ。

細かい場所は見えないけれど、
階段の床をそろそろと伝って
澄晴の震える手を探り当てると、
そっと握った。

一瞬ピクっと驚いた反応だったけれど、
すぐに柔らかく握り返されて震えは止まっていた。

あまりに呆気なくて少し笑ってしまいそうになったところで、
木下君がささやいた。

「下、何か来てる」

何かって、何が来ているの?
普通より少し身体能力が高いという木下君の言葉に対してそう思ったら、
次には私にも多分同じものが微かに聞こえてきた。

カツ、カツ_______

足音、かしら?
澄晴が握っている手に柔く力を込めた。
澄晴にも聞こえたみたいね。

カツ、カツ

段々近付いてきた。
足音だとしたら、誰かしら?
本当に、松本さんみたいな人が他にもいたとか?
それにしては目的地に向かっているというような意志を感じないというか。
というか、なんにしても見つかったらまずいんじゃない?
常識的に考えて夜の学校に忍び込んでいることが
誰かに知られてしまうこと自体、
よろしくないわけだし。

松本さんが例外であっただけで、
何か衝突があったり想定し得ない問題が起こる可能性も高い。

そこまで考えて近い人にこの後の行動を伺おうと思ったら、
突然木下君が立ち上がって言った。

「あれだ、多分、ほら、『うろついてるやつ』!
とりあえず逃げるぞお!」

いきなり!??

早すぎる展開にうろたえている間に、
なんの以心伝心なのか、
私以外の全員がすぐに頷いたかと思うと
バッと一斉に立ち上がった。

「え?ちょっと、まって…」

ついていけない私が小声でそう言っても
何故か男の子達は謎の意志を固めている。

降りている途中の階段を
木下君を始めとして走り出す彼らに混乱する。

わ、私運動苦手なのにぃ…!



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