ひと夏の救い
悔しいけれど、
瞬発力の無さで遅れを取ってしまったわ…!
何かが来ているとわかって
大声を出す事は出来ないから、
待ってと口にも出せない。
でも、
皆がパッパと走り出すその速さに
全く着いて行けなくて、
立ち上がった瞬間よろめいて
数秒ロスしてしまった。
このまま置いていかれるかも……まってよ…
気が動転して、
早く動き出さなきゃ行けないのに
目の前が真っ暗になった。
置いていかれたらどうしよう。
一人で逃げるなんて、む………ううん、違うわ。
私は元から一人だったじゃない。
急いで立ち上がり、
もつれそうになりながら
駆け出そうとしていた足が止まりかける。
な、に…?
手が、少し冷たい何かに包まれた。
立ち尽くすかと思った脚が、
引かれる手に合わせて動き出す。
掴んでいるものを見ようと顔をあげるけれど、
元々くらい視界だからよく見えない。
それに何より、私の手を掴む何かは足が早すぎて、運動神経の悪い私では着いていくのに精一杯。
直ぐに息が切れて苦しくなるけれど、
手を引く脚は止まらないから、私も止まれない。
「はあ…っは…」
静かな廊下を走る自分の息遣いがやけに大きく聞こえる。
前を走っているこの人の息ひとつ聴こえないのもそのせいなのかしら。
必死についていっていると、急に左に曲がって足が止まった。
それにつられた私ももちろん引っ張られて、悲鳴をあげる前に何かが目の前に現れて声は出なかった。
そのまま直ぐにしゃがまされて、よろけてしまったけれどその誰かに受け止められて支えられた。
私はもう満身創痍で動けないから、されるがまま。
「はあ、はあ、…はぁ……はぁ…」
荒かった息遣いが段々と整ってきて、何かを考えられる余裕が出てきた。
つ、疲れた…
走ったせいでズレた眼鏡を直しながら何気なく上を見てみると、きらりと光を反射した物が光った。
透明なそれの奥にある目が私を捉える。
「あなた…」
「静かに。来る」
その言葉に合わせるように、
カツ、カツ
あの足音がまた聞こえてきた。
自分の手のひらで口を押さえて、息を潜める。
私の背中に回った手に入った力が少し強くなる。
カツ、カツ____
近づいてきて、でも、少し遠い。
隣の部屋に入ったみたい。
ジ、ジ、ジ______
チャックを開けるような音が静寂の中響いて…うん??
嫌な予感がして素早く耳を塞ごうとしたけれど、遅かった。
ジョボボボボボー…
きゃあーーー!!やめて!!!
こんな音聞きたくない!!!!!
な、何でここに来てこんな音聞かなきゃいけないのよ!!?
驚く以前に嫌なんだけれど!??
「よいしょっと。ふう、すっきりした」
ふう、じゃないわよ!!!
そう叫びたいのを必死で堪えてまたカツカツ鳴る足音が過ぎ去るのを待つ。
暫く経って、やっと聞こえなくなったところでもういいと言うように肩を柔く叩かれ、俯いて思い切り息を吐く。