ひと夏の救い
悶えそうになっていたら、
熱さで背中にじわりと汗が伝ったのを感じて焦る。

そ、そうだったわ。まだ…
そうよ、ありがとうって言って、自然に離れればいいんだわ!よし。

一度目を瞑って言うことを整理してから、
態とらしくんんん!って咳払いして注意を引いた。
彼がこちらを向く気配がする。
…ちょっと大袈裟すぎたかしら?

「し、東雲君良く私を受け止めたわね褒めてあげなくもないわもう離していいわよ」

緊張で知らず早口になってしまう。
しかも何よこれ。ありがとうって言いなさいよ私!
上から目線で何言ってるのよもう。言おうと思った通りに喋れないだなんて、使えない口ね!

いたたまれなくなって目を逸らしたまま東雲君が見れない。
どんな顔してるかしら。呆れてる?怒ってる?…案外何も感じてなかったりして。

ふっと抱き締めていた手が離れていく。
それに密かに安堵の息を漏らしながら、もう一度やり直そうと重い瞼を上げ、口を開いた。

こちらを見下ろす東雲君は…真剣な表情。

何で?今どういう感情なの?と思ったけれど、
困惑しそうになるのを我慢して、開き途中だった口を動かす。

「あ、の。ごめんなさい。…ありがとう。」
「ああ。いや、俺達も悪かったな。君が運動が苦手なのを失念してたから。でも気付けてよかった。」

学級委員として皆の手本になるよういつも厳しめに光らせる目が少し細めれ、
たまにふざける木下君に呆れてしょうがないなと言う口が、緩やかに弧を描いた。
あんまり、笑っている姿は見たことが無い。

仲良し四人組でいる時はそうでも無いかもしれないけれど、
私は顔を合わせる度にちゃんとクラスの人と仲良くしているか、とか、きつい言い方は良くない、とかお節介を焼かれている時が多いから。

その顔が見慣れなくて、東雲君は別に悪くもないのに謝ったり私を気にしてくれているような事を言うから。少し、嬉しくなった。

「それにしても誠達はどこまで走っていったんだ。合流したい所だが…」

直ぐに元の真顔に戻った東雲君のセリフに、
今の状況を思い出す。

「まず、ここはどこなのかしら?
悪いんだけど私、走る事に夢中で全く道順を見ていなかったのよ。」
「そうなのか。ここは2棟の3階のトイレ。さっきの階段からそんなに遠くないだろう」
「…そうね。澄晴達はどれくらい足が早いの?」
「そうだな。誠が50メートル走5秒台だから、俺達はそれにギリギリついて行ける速さだな」
「…5秒台?」
「とは言ってもつい最近5.99が出たって言っていたから、準備運動も無しでセットしてから走ったわけでも無いんじゃもう少し遅いと思うが…」
「それでも確実に6秒台な訳ね。そんなの着いていけないわよ。」

はあ、と私がため息を着いた隣で東雲君が苦笑する。


…早朝ランニングでも始めようかしら。


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